防弾少年団の新曲『MIC Drop』が先月5日(以下、韓国時間)、米ビルボードのメインシングルチャート「HOT 100」で28位にランクインした。昨年9月にメインアルバムチャート「ビルボード200」で7位に入ったが、またみんなをアッと言わせた。「ビルボード200」と「HOT 100」はビルボードのほかのチャートとは象徴性が全く違う。米国現地で本格的な人気を集めているという最も確実な指標だからだ。PSY(サイ)の『江南スタイル』が5年前に「HOT 100」2位になったことがあったが、その時とは事情が違う。防弾少年団はしっかりとしたファン層をベースに多大な将来価値が認められている。韓国ポピュラー音楽評論家の間からは、防弾少年団の昨年11月の米国デビューがK-POPの地位を強固にした「大いなる勝利」だという論評も出ている。

 予想外だったのは人気だけではない。これまで韓国や日本の歌手たちが米国の音楽市場に進出するケースはほとんど女性アーティストが中心だった。東洋人の男性は西欧の主流社会で魅力的ではないと考えられていたためだ。ところが2006年以降、K-POPの世界市場開拓の過程で男性アイドルグループが頭角を現し始めた。これらは西欧社会でマイノリティだった移民社会や性的少数者を中心に着実にすそ野を広げた。

 K-POP男性アイドルグループの成功は日本のポピュラー音楽、つまりJ-POPと比較するといっそう際立つ。日本のポピュラー音楽市場は実力のある「正統派アーティスト」と、実力はやや劣っていても多くのファンから支持を受ける、いわゆる「成長型アイドル」に二分される傾向がある。これとは違い、K-POPアイドルは実力に裏付けられたパフォーマンスときちんとした商品性が結び付いている。伝統と歴史、作家主義などを重視する正統派に対する愛着が強い日本とは異なり、韓国市場は音楽史的脈絡をほとんど気にしない。だから、製作面でも日本に比べて無国籍風なところがさらに強化された音楽が生まれる。世界各地の少数に属する人々からすると、K-POPアイドルたちは最良のロールモデルであり、感情移入の対象とされてきた。非主流に属する人物たちがステージに立って光を放つ姿は快感をもたらした。

 日本は韓国と違ってミュージックビデオの公開が閉鎖的で、この点が足を引っ張っている。動画共有サイト「ユーチューブ」にアップロードできない日本の曲は以外に多い。一方、K-POPは公式ミュージックビデオでも違法動画でもユーチューブほぼすべての曲を検索して聞くことができる。日本のトップアイドルグループの1つ「嵐」をユーチューブで検索すると、関連映像は57万件ほどだ。防弾少年団は1500万件以上ヒットする。2000年以降に生まれた、いわゆる「ミレニアル世代」は音楽を聴くよりユーチューブで見ることの方が1つのライフスタイルになっている世代だ。このような流れがちょうどK-POPが急成長していた2000年代後半の時期に合致した。K-POPは予想していなかった時代の流れの中で意図せずしてファンたちに出会い、花を咲かせたのだ。

 防弾少年団の成功を国家的快挙と解釈するのは適切でない。今はK-POP全体の成功というよりも防弾少年団の成功に近い。防弾少年団は既存のK-POP成功方程式とはかなりかけ離れた存在だ。彼らの成功要因を挙げるならば、北米市場の好みに合った音楽のスタイルや社会意識のあるコンテンツ、そしてマイノリティ社会の支持、ツイッターなどニュー・メディアに慣れている行動やそれに伴うファン層の熱い結束力だろう。これは防弾少年団が大手でない芸能事務所に所属しているという環境とグループの性格に最も適した選択で、すべてのK-POPアーティストが使える方法ではない。単にまねをしても、その成功までは再現できない。ただし、長期的に防弾少年団を通じてK-POPのすそ野が広がる可能性に期待しているくらいが現実的だろう。

 また、防弾少年団を「見いだした」のは米国だと考えることもできる。ドナルド・トランプ大統領が政権を取って以降の米文化芸術界の雰囲気が一役買った。トランプ支持層が持つ人種主義への警戒心が高まり、その代案となるだけのシンボルが必要だった。防弾少年団はその条件を持っていたのだ。

 重要な時期なので懸念も少なくない。ビルボードをはじめ米国のポピュラー音楽界の有力メディア関係者は最近、ソーシャル・メディアにK-POPアイドルやファンクラブの名前を頻繁に書き入れている。名前が出てくるたびに、実に興味をそそられる。雑誌の表紙に登場したのを見ただとか、大型スーパーであの曲が流れただとか、取るに足りない内容も多い。韓国のファンの雰囲気を初めて体感した米国が興奮しているからだろうか? 彼らは頻繁にファンクラブの名を呼び、グループ行動を励ます。新しい流れをつかみ、これを知らせ、支持するのも音楽界関係者らの重要な役割だ。しかし、産業の動力のための「数字ゲーム」にファンを動員するのが果たして良いことかどうかは考えなければならない問題だ。K-POPとは、単にファンが集まってクリック回数を増やす「偽の現象」に過ぎないという偏見を生みかねない。

 防弾少年団を中心としたK-POPの成果は、明らかに関係者たちの血と汗と涙の結晶だ。だが、この夢のような結果には努力のほかに予測の難しい要素が明らかに作用している。K-POPブームが続いてほしいなら、慎重さ失ってはならない。成功を持続させられるのは、時流に対するセンスと良いコンテンツだけだ。
ミミョ・ポピュラー音楽評論家

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