仁川で歴史・伝統が息づく観光スポット巡り

 仁川市南区の歴史は三国時代にさかのぼる。沸流(ピリュ・ふつりゅう)百済(初代百済王・温祚〈オンジョ・おんそ〉の兄、百済は沸流が始祖だとする説がある)が開かれた現在仁川市南区がある場所は、後の朝鮮王朝時代に都護府(行政単位)になり、現在に至るまでさまざまな歴史的変遷を経てきた。

 中でも、仁川の昔の姿を最もよくとどめているのが、朝鮮王朝時代に市庁(市役所)の役割を果たしていた「都護府庁舎」、いにしえの文化を今も守る「無形文化財伝授教育館」、さまざまな時代の芸術作品が展示されている「松巌美術館」だ。天気のいい日が続くこの季節、仁川の歴史を訪ねる旅に出た。

都護府庁舎につながる仁川郷校。韓屋造りと裏の森が調和を織り成している。
▲ 都護府庁舎につながる仁川郷校。韓屋造りと裏の森が調和を織り成している。

■朝鮮王朝時代の仁川の歴史・文化の中心「都護府庁舎」

 「都護府庁舎」は朝鮮王朝時代、仁川地域の行政を担当した市庁だった。現在ではすっかり大都会になった仁川市中心地を離れ、余暇を楽しむ家族連れにピッタリの観光スポットになっている。

 ここにはもともと15-16棟の建物があったが、現在復元されているのは「客舎」と「東軒」の一部だけだ。「東軒」は都護府庁舎の執務室で、客舎の東にあることからこの名称が付けられた。「客舎」は王の位牌(いはい)を祭った建物で、全ての建物の中で最も美しく見通しのいい場所にある。

 都護府庁舎部屋の両側には「仁川郷校」と「無形文化財伝授館」があり、仁川の伝統と歴史を今に伝えている。「仁川郷校」は朝鮮王朝時代に学校の役割をしていた場所で、毎月1日と15日に「伝統礼節教育」や「忠孝教室」が開かれる。

都護府庁舎(写真右上)は、伝統や礼儀を伝える体験学習場(同左)として利用されており、無形文化財伝授館(同右下)ともつながっている。
▲ 都護府庁舎(写真右上)は、伝統や礼儀を伝える体験学習場(同左)として利用されており、無形文化財伝授館(同右下)ともつながっている。

 2014年にオープンした「無形文化財伝授館」では、伝統が息づく無形文化財の本来の姿をそのまま保存・継承している。同館では名匠の作品を展示するだけでなく、一般市民を対象に受講生を募集、教育プログラムも実施されている。

 また、野外公演会場では毎週日曜日に伝統芸能「パンソリ(唱劇)」をはじめとする伝統文化芸術公演が披露される。公演は7月まで続く予定で、詳しい日程は無形文化財伝授館の公式ホームページで確認できる。

■5000年の歴史を持つ宝物庫「松巌美術館」

 都護府庁舎から車で15分ほど行った所に「松巌美術館」がある。赤レンガ造りの古風な外観を持つこの美術館は、穏やかで落ち着いた佇(たたず)まいだ。

古風な佇まいの松巌美術館(写真上)には、陶磁器など数多くの遺物・芸術品(同下)が展示されている。
▲ 古風な佇まいの松巌美術館(写真上)には、陶磁器など数多くの遺物・芸術品(同下)が展示されている。

 この美術館の特徴は、先史時代から近現代に至るまでの遺物・芸術品が集まっているということだ。陶磁器・絵画・書道・彫刻など1万点に達するが、一個人が収集したものだということにあらためて驚かされる。

 1階は工芸品や彫刻を中心に展示されている。先史時代の土器から高麗青磁、朝鮮白磁などがその美しさを誇り、仏像などの木工品や金属工芸品も存在感を感じさせる。中でも、目を静かに伏せた木造如来座像はその表情から慈悲深さが伝わってくる。

美術館では遺物・芸術品(写真右)に加え、屋外の庭に広開土大王碑(同左)のレプリカが建てられ、訪れる人が絶えない。
▲ 美術館では遺物・芸術品(写真右)に加え、屋外の庭に広開土大王碑(同左)のレプリカが建てられ、訪れる人が絶えない。

 2階は書道や絵画を主に展示し、屋外の庭には中国にある原型をそのまま再現した広開土大王碑が建っている。入場者に民族の心を呼び覚まそうと建てられた広開土大王碑は、誇りある韓国の歴史と文化を物語っている。

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