1カ月前から指折り数えて待っていた済州島旅行。高く澄んだ秋の空と青い海、そしてその景色の中を歩く自分の姿を何度も想像してきた。だからこそ、ショックはとても大きかった。「済州島旅行の日に限って雨だなんて…」。しとしとと降り続ける薄情な雨を見ていると、涙とも雨ともつかない何かが頬を濡らした。
しかし、このままがっかりしている訳にはいかない。映画『ミッドナイト・イン・パリ』では、パリは雨の日が一番美しいとあった。となれば、済州島にもきっと雨の日ならではの素敵な景色があるのではないだろうか。「雨の済州島を楽しむのか。それともホテルでぼーっと空を見てすごすのか」。答えは明らかだ。雨だからこそ楽しめる済州を案内しよう。
■雨に香るカヤの原生林「榧子林」
最初に訪れたのは、済州市旧左邑にあるカヤの原生林「榧子林(ビジャリム)」。ここには樹齢500-800年のカヤの木が約2800本自生しており、雨の日には木々のいい香りがいっそう楽しめる。
榧子林に入ると、日中にもかかわらず真っ暗な小道が現れる。頭上にうっそうと茂るカヤの木は、韓国では済州島と韓半島(朝鮮半島)南部地方の一部にしか自生していない貴重な木だ。カヤの木の葉は針のようにとがっており、その形が漢字の「非」に似ていることから「榧子」と名付けられたという。
雨の日の榧子林は、強い香りが漂っている。平坦な小道を歩いていると、カヤの木の放つ森の香りを感じることができる。道に敷かれた赤い火山性土からは土の香りがする。辺りを見ると、雨に濡れたカヤの葉がほのかな光を浴びてきらきらと輝いている。
■雨の日に最適なドライブコース「榧子林路」
榧子林のすぐ横には、雨の日のドライブに最適な「榧子林路」が通っている。榧子林路とは済州市旧左邑坪岱里から同市奉蓋洞まで続く1112番地方道路のことだ。
全長27.3キロのこの道は非常に美しく、済州でお勧めの7大道路に選ばれている。そのためドライブ目的の人だけでなく、徒歩の旅行客にとっても必須コースとされている。
道の名前は榧子林路だが、実際の主役は杉の木だ。榧子林路に入ると、道の両側には真っすぐな杉の木がびょうぶのように連なっている。うっそうと生い茂っていて根本の方は薄暗い。雨の榧子林路はしっとりとして濃い霧が立ち込め、実に趣があった。
しばし車を止めて道を歩いた。深呼吸をすると、杉の木特有の爽やかな香りが全身に入ってくる。そしてふと思った。「(道の名前が)榧子林路だろうと杉林路だろうと、美しい風景であることに変わりはない」。もっとも、杉の木にとっては悔しいだろうが…。
■体に染みわたるアツアツの肉入りうどん
雨の日にはアツアツのスープが飲みたくなる。最後に訪れたのは、済州島の有名な麺料理専門店。代表メニューは「コギグクス(肉入りうどん)」だ。豚骨ベースのスープに豚肉のスライスを入れたこのうどんは済州島の名物料理で、済州の7大郷土料理にも選ばれている。
注文するとほどなく、器にたっぷり入ったコギグクスが出てきた。豚肉のスライスが乗ったコギグクスはスープの味が濃かったが、豚肉の臭みは感じられなかった。
作り方に特別な秘密があるわけではない。味の秘密はやはり済州産の豚肉にある。これは、ほかの地域ではまねできない単純かつ最高の秘法だ。一緒に出てくるおかずはキムチ1品だけだが、これ以上おかずなど必要ないくらい完璧な組み合わせだ。太い麺を豚肉や刻みネギと一緒にすすれば、肌寒い秋の風など恐れる必要はなくなる。