1月5日夜7時、ソウル地下鉄1号線・市庁駅構内にある10坪(33平方メートル)ほどの小さなパン屋の前には10人以上の行列ができていた。店のメーンメニューはあんパン。手のひらほどの大きさで厚さ2-3センチというずっしりとしたパンを二つに割ると、きれいなこしあんがギュッと詰まっていた。天然発酵種を使い、有機小麦で作られたパンはしっとりとしたカステラのよう。値段は1600ウォン(約160円)と決して安い方ではないが、出来たてが飛ぶように売れていく。
先月16日にオープンしたばかりの「ヌイエあんパン」。「ヌイ」は「姉」、「エ」は「愛」という意味だ。オープンしてようやく20日たったところだが、早くも市庁駅近くの会社員の間で「一度は買いに行くべきパン屋さん」と口コミが広がっている。インターネットのポータルサイトでも、店の名前を入力すると「人気の店」という検索結果が次々と並ぶ。
「(1997年のアジア)通貨危機のときより商売上がったりだよ」と嘆く自営業者が少なくない。だが、そうした中で店をオープンさせ、ひと月もたっていないのにパンがすぐなくなるため売りたくても売れない。一日に150枚以上の天板にパンを載せて大型オーブンで焼くが、夜8時半の閉店時はパンが一つも残っていない。市庁駅近くの会社員キム・ジヨンさん(34)は「最近は二日に1回はこの店であんパンを購入する。値段はちょっと高めだが、おいしいし有機小麦で作っているからか胃に負担がかからない」と語った。
同店の店主はこの道20年のキム・ギルスさん(43)だ。一日中立ってパン生地をこねているが、つらそうな顔一つ見せずに接客し、注文も受ける。キムさんは東京製菓学校を卒業し、ソウル市永登浦区にある韓国調理士官職業専門学校で教えた経験もある製菓・製パン専門家だ。製菓・製パンを始めてから20年にして自分の店を開いたという。
キムさんは済州島出身。済州市内の細花高校を卒業、済州KALホテルや済州新羅ホテルで働いた。もともとパンとは縁がなく、済州専門学校(現・済州産業情報大学)で観光ホテル経営学を学んだ。しかし、除隊後に再びホテルを訪れたときは、以前一緒に働いていた先輩たちが辞めた後だった。「ある先輩が『製菓・製パンには将来性があるから、ホテルで働かずにパン作りを習え」と勧めてくれた。それで大きなパン屋に行ってパンをまじまじと見ていたら、突然胸の高鳴りを覚え『きちんと習ってみよう』と決心するに至った」
そしてソウルへ行き、94年にソウル市内の製菓学校に入学、卒業後は同市内のナポレオン製菓で2年間働いた。「働いているうちに、きちんとパンを作るにはパンの専門的知識がもっと必要だと切実に感じた。だからアジア通貨危機の真っただ中という苦しい時期だったが、98年に思い切って東京製菓学校に留学した」
同店のあんパンがよく売れる理由を尋ねると「良い材料で健康的なパンを作るから」という答えが返ってきた。「パンは発酵が命。発酵させたパン生地は生きている。多少高くても良い材料を使って、食べる人に満足してもらえる品質の高いパンを作れば、どんなに景気が悪くてもお客様は分かってくれる」
ヌイエあんパンの従業員は6人だ。あまりにも客が多くて手が足りず、オープンから18日にして従業員を3人から2倍増やした。「従業員が疲れていたら質の良いパンは作れない。少々苦しくても増やすことにした」
従業員が増えても、キムさんは誰よりも早く店先に出て一日を始める。毎朝7時になると市庁駅構内の店に出勤し、自ら生地とあんを作る。「市庁駅の近くは外国人観光客が多い。外国人観光客にうちのパンを味わってもらうため、市庁駅構内に店を構えた」と語った。