この列車の何とのろいこと。韓国で一番速いKTXは最高時速300キロ以上で走るが、この列車は時速30キロ。どれくらい遅いかと言えば、陸上の世界記録を持つジャマイカの陸上選手ウサイン・ボルトが時速38キロで走るといえば分かりやすいだろう。
ウサイン・ボルトの足よりも遅いこの列車の走行区間は全長300.6キロ。全区間単線だ。列車は5時間40分かけて、ゆっくりと40余りの停車駅を通過する。光州の松汀駅から慶尚南道密陽の三浪津駅を結ぶ慶全線だ。
この日常からかけ離れたゆったりとしたスピードは、まさに旅行者向けだ。普段は利用客も少なく、市場に出掛けるおばあさんや、近くの学校に通学する子どもたち、会社員が利用する程度だ。そのため普段は4、5両のミニ列車で編成されている。4両のうちの2両は普通の列車と同じような座席だが、残りの2両はカップル席やファミリー席、ミニカフェになっている。
慶全線の始発点は、全羅南道羅州にある簡易駅「南平駅」だ。駅舎からプラットホームまでが庭園になっており、その中に作られた小道は、歴史とプラットホームを結ぶ道だ。駅員のパク・スヨンさんは、「待合室にリスが遊びに来たり、キツツキがヤマザクラをつつく音が聞こえてくる」と話す。1930年以来、駅舎と自然が共存してきた空間だ。
南平駅から列車に乗ると、平凡な都市の風景がやがて全羅南道の絶景へと変わり始める。光州から順天を経由し、麗水までを結ぶ列車が開通したのは1930年12月25日。それから80年間、同じ線路を走ってきた車窓からは、最近ではなかなか見られない絶景が広がる。単線のため、外の自然に直接手で触れることができそうなほどで、時速30キロすら速く感じられる。
ちょうどお腹が空いてきたころ、列車は全羅南道光陽の津山駅を通過する。見た目は駅だが、ガラスのドアを開けて中に入ると、待合室があるべき場所には食卓があり、案内板の代わりにメニューが掛かっている。時折、窓の外を通り過ぎる列車を見ながら味わう料理は最高だ。昼食にはユッケビビンバ(牛肉の刺し身がのったビビンバ)(7000ウォン=約520円)、野菜プルコギ鍋(7000ウォン)、夕食には韓国牛(チャドルバギ〈薄切りの牛ヒレ肉〉100グラム5400ウォン〈約400円〉、霜降り牛100グラム6900ウォン〈約500円〉)=4日現在=がお勧めだ。
■簡易駅と調和する村:北川駅-晋州樹木園駅-三浪津駅
全羅道を通過する慶全線は自然の美しさで乗客を魅了するが、慶尚道に入ると、小さな簡易駅と調和した村が一面に広がる。中でも一番の見所は、慶尚南道河東郡の北川駅。見た目は普通の駅だが、簡易駅の情緒漂う、素朴な雰囲気が何とも魅力的だ。秋には、ホームの一部と線路を覆うように、たくさんのコスモスが咲き乱れる。
小白山脈の山すそ、河東の南東にある北天駅は高地にある。屏風のように広がる山々に囲まれ、田んぼや畑の中にたたずむ北川駅は、朝と昼の景色がまったく異なる。朝はまるで夢の中にいるように霧が立ち込め、昼間は澄んだ日の光に溢れている。
そして、最後に北川駅の風景を完成させるのはコスモスだ。利用客が少なく、いつも静かな線路の周りは砂利ではなく、コスモスで覆われ、駅だけでなく、北川面村全体を包んでいるかのようだ。
この村を一周するなら、駅前の北川面事務所で自転車をレンタルすることができる。駅舎から全体を見渡せるほど小さな村を散歩できる道端の両側では、コスモスが風に揺れている。
次の停車駅「晋州樹木園駅」にも、近くに散歩できる道がある。この小さな駅舎は慶全線の多くの駅が廃駅になったころに誕生した。正面には広い野原、裏には開岩里があり、駅舎と呼べる場所には緑の垣根とベンチしかない。
駅を出て、樹木園の表示板に従っておよそ20分ほど歩くと、この駅が誕生した理由が分かる。慶尚南道樹木園を訪れれば、なぜこの地に新しい駅を作ったのかすぐに納得がいく。1989年、班城樹木園として開園した55万5371平方メートルの樹木園は、たくさんの木々で溢れ魅力的な空間だ。潭陽に負けないほど見事なメタセコイアの並木道が広がり、野生動物園もある。北川が恋人たちにお勧めのデートスポットだとすれば、慶南樹木園は家族連れにぴったりの観光スポットだ。