マッコリの名人、長寿マッコリのソン・ギウク専務(上)

 マッコリ(韓国の濁り酒)は昔から韓国にある酒だが、あえて全盛期を挙げるなら、1970年代だと言えるだろう。当時は韓国の全アルコール消費量の70%を占めていた。最近の3-4%という割合に比べると、とてつもなく大きい。70年代から本格化した産業化や都市化の影響で農業従事者が減少、マッコリの肩身も狭くなった。80年代には人気が凋落(ちょうらく)し、消費量も落ちるところまで落ちた。そのため、最近までマッコリは「もうこれ以上落ちることはない、だから後は上がるだけ」という話が笑い話になっていた。そんなマッコリに今、じわじわと人気が集まり始めている。マッコリ人気をリードしているマッコリ工場とマッコリ名人を紹介しよう。彼の名はソン・ギウク(63)。韓国のマッコリの中で一番売れている「長寿マッコリ」の専務だ。商品名の由来は、「マッコリは体に良く、健康で長生きできる」と言われているから、とのことだ。



■「長寿マッコリ」との縁

 ソン・ギウク専務は大学を卒業した74年に入社して以来、35年間「長寿マッコリ」社に勤めている。別の企業から何回かヘッドハンティングの話があったが、一度結んだ縁をこれまで断ち切らずに守り続けてきた。ソン専務が入社した時期は、韓国のマッコリの全盛期。「長寿マッコリ」社は62年、ソウルにあったマッコリ・メーカー数社が統合して作られた会社で、正確には「ソウル濁酒製造協会」だ。当時、このソウル濁酒製造協会が抱えていた製造所は12カ所だった。75年に「長寿マッコリ」は70万リットルを生産したものの、徐々に生産量が減り10万リットルまで落ち込み、現在は製造所も6カ所になっている。ところが、最近は少しずつ生産量が増え、今年は前年比で生産量が30%増に迫る勢いだ。

 ソン専務の仕事は研究開発だ。大学の指導教授の勧めで入社して以来、1日もマッコリの研究開発から手を引いたことはない。専務は同社の株を持っていないが、「長寿マッコリ」と専務は切っても切れないほど、まるで一心同体のようになっている。専務が働いているのは、ソウル市西部の製麹(せいきく)工場(衿川区始興洞)。製麹とは麹(こうじ)を作る作業のこと。麹はいわば酒の「タネ」で、味を均一に保つには、水の次に重要な材料だ。つまり、ソン専務はソウル市内のあちこちにある製造所6カ所のマッコリの味を取り仕切っている。

 ソフトな表情に優しい目元、物静かに話すソン専務は、マッコリの味と同じくらい自然でしっくりくる。韓国のマッコリはアルコール度数6%ときつくない。この度数は、日本の濁り酒(どぶろく)の半分にもならない数値だ。ソン専務に「一番つらく大変だったのは?」と尋ねると、「酒を作るシステムを変えた時だった」と答えた。

 1990年代初めのことだ。元来、韓国のマッコリは固めに炊いた飯と麦麹で作っていた。ところが、米不足で65年から米が使えなくなり、その代わりにアメリカから輸入された小麦粉を使うようになった。大きな変化だったが、小麦粉を使ったマッコリしか飲めないという状況だったので、消費者はだんだん、この「小麦粉マッコリ」に違和感がなくなった。90年になってやっと、また米のマッコリが作れるように制度が変わったものの、すぐには米のマッコリに切り替えられなかった。このときすでに消費者は小麦粉マッコリに慣れている状態だったからだ。しかし、ソン専務は米のマッコリ製造に踏み切るという冒険をあえてした。92年のことだ。当時、ソン専務は酒造り装置の自動化も同時に進めようと先頭に立って主張した。このため、「うまくいって当たり前。万が一、失敗だったら責任を取るのは必至」という緊迫した状況に追い込まれた。専務は「あのころのヒヤヒヤした状況は忘れられない」と話す。この時、長寿マッコリが現在使っている自動製麹機(自動的に麹を作る機械)12台のうちの2台を導入したが、幸いにもシステムの機械化プロセスは成功した。

 こうしたチャレンジと緊張感は、ソン専務が「長寿マッコリ」社に在職中は、常に付いて回る。ソン専務の入社当時は、酒の温度を測るきちんとした装置すらなかった。昔からのやり方通り、酒のかめに手を当ててみて、かなり熱くなっていれば、おいしい酒になっていると信じた。この日は気温36℃を上回る暑い日だった。ソン専務は酒の発酵温度を10℃下げるのに10年かかったという。研究室でいくら温度を下げろと言っても、ソウル市内各地に散らばっている製造所の従業員たちは、不安な気持ちから温度を下げられなかったのだ。それでも、温度を少しずつ下げていき、酒の品質が安定しているのを確認してからは、現場サイドもだんだんと酒の温度を下げるようになっていった。

 ソン専務が「やりがいがあった」と感じているのは、マッコリの味を均一に保つのに、自身がある程度貢献できたということだ。「今や、世界のどこに出しても恥ずかしくないほど、マッコリの味は良くなった」とソン専務は笑った。

■酒造り職人と行くマッコリの進化

 小麦粉を使った時代を経て、進化した韓国のマッコリ。その味の大きな特徴は、口当たりと清涼感(酸味・炭酸)だった。ところが、ソン専務はこの特徴を捨てた。専務はマッコリを低温・長期発酵により十分熟成させ、従来の問題点だった口当たりと、酸っぱくてゲップが出る点を解決したそうだ。発酵温度を下げて酸味をなくし、口当たりは材料の小麦粉を米に変え、軽くした。飲んだ後にゲップが出るのは、完全発酵により炭酸ガスの発生を抑えることで解決できた。

 長寿マッコリは韓国のマッコリ消費市場でシェア30%以上を占めている。米90%を材料にしているので、口上がりが軽くソフト。イソマルトオリゴ糖が10%入っているので、甘みとサイダーのような味が感じられる。農村で飲まれていた口当たりの悪いマッコリは、都会の若者が好む軽い口当たりに生まれ変わった。

 そんな専務だが、最近ろくに眠れないという。マッコリが売れすぎているからだ。というのも、麹1キロさえ貴重な状況とあって、せっせと製麹機を動かしているのに、ソウル東部に第7工場ができたのだ。だから、ソン専務は最近、ソウルの西にある製麹工場と、ソウルの東にある第7工場を行ったり来たりして大忙しだ。

 ソン専務の趣味は山登りとマッコリを飲むこと。山登りとマッコリ、一見全く関係ないようだが、ソウルで一番有名な北漢山に登ってみれば、この二つがどれだけ関係深いか分かるだろう。山登りの後に飲む1杯のマッコリはのどの渇きも、疲れも癒してくれる。「韓国人は焼酎をよく飲む」と言われるが(韓国人のアルコール消費量の50%以上は焼酎が占める)、山のふもとではマッコリの方が断然人気だ。ハイキング客たちは「山登り後はマッコリが最高!」という。だから、ふもとの飲食店ではマッコリの空き瓶が山のように積まれている。ソン専務の山登りも、もしかしたら山ではなく、その空き瓶を見に行っているのかもしれない。

文=ホ・シミョン(旅行紀行家・酒評論家)、写真=キム・ソナ

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