昔々、築台(石を高く積んだ楼台)を積むようにという命令を受けた幼い兄弟は、その仕事を終えるまで家に帰ることができないという規則に従い、休みなく働いた。周りの人たちがその兄弟に休むよう勧めても、築台を完成できなければ年老いた両親がその仕事を代わりにさせられるのではないかと心配し、少しも休むことなく、石を積み続けた。しかし精根尽き果てた兄弟は、その築台が完成した瞬間、その場に倒れ、結局両親が待つ家に帰ることはできなかった。
頑丈で美しい全羅南道潭陽の「金城山城」にまつわる悲しい物語はここで終わらず、「血の歴史」へとつながった。この山城で1894年、東学軍と官軍の血戦が繰り広げられ、東学軍の首領、チョン・ボンジュンは部下の裏切りによって捕まった。韓国戦争(朝鮮戦争)のときはパルチザン(ゲリラ)の拠点となり、幾度も火に包まれた(潭陽旅行の案内パンフレット『緑が見たければ潭陽にいらっしゃい』より)。
極めて美しい景色の中には、時に悲しい物語が隠れている。金城山城もそんな物語を持つ遺物の一つだ。山城の南門「忠勇門」から見た城郭の端にある輔国門は、少女の手の平のように滑らかで、堂々たる石の壁を木陰の中からそっと守っているように見える。その様子はまるでひょうたんのようで、観光客の目を釘付けにする。筆で描いたように重なる山々と流れる白い雲、豊かな水量の潭陽湖の岸は、まるで1枚の絵のようだ。もしかしたらその悲しい昔話は、この山城の美しさに深みを与えているのかもしれない。
景色が美しいとはいえ、潭陽と言えば竹林が非常に有名で、金城山城までやって来る人は多くない。しかし現在放送中のドラマ『善徳女王』(MBC)の第1・2話に登場するシーンがここで撮影されたという話が広がるにつれ、人づてにこの地を訪ねてくる人が増えているという。華やかな俳優たちの衣装と最高の照明に飾られた高画質テレビの中の金城山城は、原色で描かれた油絵のようだったが、6月初旬に訪れた山城は水墨画のように静かだった。
漢江の南側では唯一、南漢山城に負けないほどの規模を誇る金城山城は、周囲が6486メートル。正確にいつ作られたのかは分かっていないが、高麗時代の歴史書『高麗史節要』に「高宗43年(1256年)、モンゴル軍が潭陽に駐屯した」という記録が残っていることから、それ以前に山城が作られた可能性が高いとされている。
首都圏の山城周辺にはたくさんの食堂が並んでいるが、悲しい歴史に口を閉ざすかのように、金城山城の周辺は寂しいくらいに静かだ。山城の近くには必ずあると言っていいほどの水炊き店一つない。悪く言えばもの寂しく、良く言えば静かなこの景色を維持することができたのは、その「美しい姿」を人々が簡単に見ることができないような場所にあるため。
車を利用できるのは金城山の入り口にある駐車場まで。駐車場から輔国門までは坂道を40分程度歩かなければならない。その道には日陰もなく、忠勇門に着くころには汗で服がびしょ濡れになってしまうほどだ。
輔国門を過ぎ、約3分歩くと、金城山城の案内図と忠勇門がある。別名「ひょうたん山城」の姿をカメラに収める第1のシャッターポイントだ。それなりに美しい門ではあるが、少し平べったく見えるような気がして、汗が引いてくると、もう少し上に上がってみたくなってくる。
忠勇門から約30分程度のところにある鉄馬峰から見た山城は、「究極の姿」をあらわにする。距離にして約1.4キロとそれほど遠くはないが、それ以前の道とは比べ物にならないほど険しく、足が痛くなるほどだ。城郭を横に見ながら長く続く道には日陰一つなく、顔がジリジリと焼けるようだ。しかし、人間の「汗」に山城は壮快な風景で応えてくれる。鉄馬峰へ一歩近づくたびに、城郭と潭陽湖の曲線がどんどん鮮明になる。
鉄馬峰に登った後、帰り道には三つの選択肢がある。来た道を戻るか、城郭を時計回りに1周するか、城郭に沿ってもう少し歩き、途中で横切って下りてくるか。来た道を戻るのはつまらないし、傾斜の激しい長い城郭を一回りするのはかなりの体力が必要だ。だからほとんどの人たちは鉄馬峰から西門まで歩き、宝国寺跡を横切って下りて来る「第3のコース」を選ぶ。
鉄馬峰からは、城郭を少し離れて涼しい森の道が続く。たくさんの鳥や昆虫のさざめく声が、「自然のスピーカー」を通じ、人気の少ない森の中を賑やかに彩っている。西門を過ぎ、もう少し歩くと川がある。川を過ぎて右側にある細い土の道に沿って20分程度歩くと、宝国寺跡に出る。今はもう廃墟と化した寺の跡を過ぎ、さらに20分歩くと再び忠勇門に出る。
風景と歴史と現在を一つにしているのは、時間を抱きしめ、いつそんなことがあったかと言わんばかりに生い茂った木たちだ。輔国門の跡から忠勇門につながる森の道の周りには、2本の木が途中から一つの木になった「連理木」が10本以上並んでいる。 普通、連理木は同じ種類の木が合体するものだが、ここの森ではツルツルした樹皮を持つエノキと、でこぼこした樹皮のトネリコがつながっている驚くべき姿を見ることができる。しっかり手をつなぐように一つになり、空高く伸びた木々が、悲しい物語を持つこの山城をそっと慰めているように見えた。