「涙の女王」の影はまったくない。男物のジャージを着て、髪はテキトーにひっつめ、ビール片手に酔っ払うような何の取りえもない三十路(みそじ)の女の人生を嘆く。柔らかなしぐさ、泣いているのかほほ笑んでいるのか見分けがつかないような表情で涙をポロポロこぼしていたスエ(27)=本名:パク・スエ=はMBCの週末ドラマ『9回裏2アウト』で一気にこれまでのイメージを壊した。「悲恋」は姿を消し、1000ウォン(約120円)札1枚を手にブルブル震える生活者の悲哀にあふれている。小さな出版社に通い、小説家を夢見るものの認めてくれる人もなく、8歳年下の野球選手と付き合っても周囲の反対に遭い身動きの取れないホン・ナンヒ。女優スエはちょっと大人になった。
「30歳で自分の夢をかなえられる人ってどれだけいるでしょうか。だから多くの女性視聴者が共感してくれると思います。いくつものチャンスを目の前で逃して、30歳になってみるとかなった夢はない…。ほとんどの人がそうでしょ?ナンヒの気持ちがよく分かります」
「あなたが30歳になったらどうなると思う?」と尋ねると、しばらくためらってから 「まだ心に決めた夢がないのでよく分からないけど、ただ目の前の仕事を一生懸命やっていると思います。でも何か1つはあきらめなければならない時期ではないかしら」と答えた。
「早く32歳になったらいいな、と思っています。32歳になったらなぜか安定し、世の中のことも少しは分かる本当の女性になっているような気がするのです。結婚?そうなるまではしません。最近は30代後半にならないと結婚は急がないのでは?」
ドラマでスエは体当たりの演技をしている。酒癖の悪いヒロインがくだを巻くシーンが随所に登場する。しかし、本当にスエの「壊れた」姿を見たければ、今度の週末を待とう。スエは「年下の彼氏チョンジュ(イ・テソン)との別れに決心してからお酒を飲み遊ぶシーンで、酔っ払ってえびせんを鼻に挿して歩き回る姿を撮影しました。視聴者からどんな反応があるんだろうと思うと、正直言って怖い…」「口汚い演技も初めはすごくプレッシャーでした」と打ち明けた。「“ドタマに鉄砲玉食らったのか?”なんてひどすぎますよね。せりふが口から出てこないんです。でも、1度言ってしまうとスッキリしました」
実はスエはハスキー・ボイスの持ち主。今までとは180度違う「乱暴者」を演じることになったが、意外にも視聴者に自然に受け止められているのは、スエのユニセックスな声のおかげでもある。しかし、その声はスエにとってメリットばかりにはなっていないようだ。「女優として成長するには声がネック、という指摘をたくさんいただきました。デビュー当初、視聴者の皆さんからインターネットの掲示板に“スエの声が聞こえたらチャンネルを変える”という不満の声が相次ぎました」と笑った。
「変な感じがしました。私は自分の最大の強みがこうした適度に中性的な声だと思っていましたので…。それで人前ではいつも自信を持って言っていました。“聞いてみたら好きになりますよ”と」
スエはもともと4人組の女性アイドル・グループのメンバーとしてデビューする予定だった。高校卒業後、ソウル市狎鴎亭洞でスカウトされ、芸能事務所に入った。約半年間、厳しいレッスンを受けたが、とうとうCDはリリースされなかった。「歌もうまくないのに…友達と合宿しているという楽しさで半年が過ぎてしまいました。その後、女優としてのチャンスをいただいてラッキーでした」
実際の性格はどうなのだろう。スエは「すごく内気」と断言する。「役に入れ込んで自分を見失ってしまうほど胸を痛めたこともたくさんあります。私の両親がドラマの中のナンヒを見てビックリしているほどですから。自分も知らなかった私自身の姿が現れているのでしょう」