6年ぶりに新しいアルバムを発表し、ファンのもとに帰ってきた歌手ヤンパ(本名イ・ウンジン)=28=。7日に会ったヤンパは小さな声で淡々と語った。「私の熱心なファンたちはどんなアルバムなのかきっととても期待していると思います。私は長い空白の後に発表する最初の作品なので、絶対にヒットさせなければという強迫観念があります。いろいろ悩みましたが音楽性と大衆性をどちらとも満足させることは難しいと判断し、まずは大衆性を選びました」
華奢な体つきに静かな動作…10年前のあのふっくらとした元気な少女の面影はもうない。しかし訴えかけるような歌声だけはまったく変わっていなかった。優しい旋律と声は昔のままだ。
タイトル曲『愛…それが何だというの』はヤンパのこれまでの歌に対する渇望が感じられる曲だ。大学生ギタリストのイム・ジョンヒョンの演奏で韓国をはじめ米国でも人気を集めたキャノン変奏曲を引用した。最初の曲『Marry me』はキュートでパワフルな新しい雰囲気の曲。しかし『私のせいで』『1人』などメインの曲はこれまでのヤンパのイメージ通りの新派調。しかし以前よりお洒落にまとめられている。
ヤンパは「アルバム制作作業に1年以上の時間がかかったのは、大衆が求める音楽が何であるのかを知る過程が必要だったからです。私の歌は正直、ダサいバラードです。歌詞もそうですし。感情を隠すことなく表現したダイレクトな言葉で一杯です。でも最近はそんな歌が共感を得ると思いませんか?」
6年間の空白。ヤンパは「所属事務所側とのあつれきが問題でした。4‐5年間は泣いたり、お酒を飲んだり、遊んだりして時を過ごしました」と話す。ヤンパは叔母の夫である元マネージャーのソ某氏を相手取り、「専属契約が終了したことを確認してほしい」として訴訟を起こし、2005年10月に勝訴するまで長く辛い時を過ごした。「運動をしてダイエットもできたし、歯列矯正をしてきれいな口元になったのだから、美しさのために投資した時間だと思うようにしています」
身動きできなかった時代、ヤンパは広告代理店や外資系企業に勤務しようと履歴書を出したこともある。しかし採用されることはなかった。「歌手ヤンパ」という肩書きは会社側にとって負担なだけだった。「テレビ局や音楽界の人脈を利用すればなんとかなったかもしれません。もし就職していれば、今ごろファーストフードの会社か政府部署の事業広報をしていたかもしれませんね」
97年に「チビの恋」を大ヒットさせた高校生歌手のヤンパ。「元気で小さな女の子がバラードを歌ったので珍しがられたのでは」と話すヤンパは、当時の自分を「アイドル歌手」と規定している。「そのときはアイドル歌手と呼ばれるのがすごく嫌だったけれど、最近はその時代がとても幸せだったと思うようになりました。ファンから無条件に愛されるというのは歌手として大きな励ましになりますから」
ネチズンは最近、ヤンパに関するささやかなニュースにも熱い反応を示している。ヤンパは「6年間という長い歳月が私を美化させているのではないかと思います」と心配している。
ヤンパの今一番の悩みは「ヤンパ(タマネギ)」という芸名。「むいてもむいても尽きない魅力」という意味でつ(付)けた芸名だったが、今では少し後悔しているとか。「インターネットでヤンパを検索すると、タマネギの写真がたくさん出てくるので嫌になる」と話すヤンパだが、現在までのところ他の名前に変える気はない。「ファンの思い出につながる名前を捨てることはできない」からだという。