中学生のように髪を短く刈り上げ、スーツでなくジーンズというラフな格好なのに、おなじみの微笑とソフトな物腰は非現実的なほど魅力的だ。『私の名前はキム・サムスン』と『春のワルツ』。たった2本のドラマで大韓民国の女性のハートをロマンでいっぱいにしてくれた男、ダニエル・ヘニー(28)がロマンチックコメディー映画『ミスターロビンの口説き方』(12月7日公開)で初めてスクリーンに挑戦した。イギリス人の父と韓国人の母の間に生まれた、この青年の美しい唇からは「上・手・に・な・り・ま・し・た。もう大・丈・夫」という韓国語がスタッカートのように小刻みに発音される。簡単なあいさつにも苦労していたデビュー当初に比べれば大進歩だが、初めの一言以外は英語だった。困った質問にはアゴに手を当て、遠くを眺めながらも、彼は最後まで甘いムードとソフトさを失わなかった。
―女性たちの憧れを利用しすぎでは?今回の映画ではハーバード大出身で外資系企業のCEOだとか。
「誤解だ。初めてシナリオを読んで、思ったのは“こんな悪いヤツいるのかな”だった。とても冷たくて我の強い人物だから。映画の終盤で多少人間味のあるところが描かれるが、これまでの善良なキャラクターとは違う」
―ファンの感じるあなたの魅力は、微笑に代表されるソフトさと甘いムードだが?
「『ジキル博士とハイド氏』のように、人は誰でも善悪の両面を持っている。『私の名前はキム・サムスン』のヘンリー役は確かに私自身と合致する。しかしそれは私の善良な面だけを見せたものだ。あえて数字で表せば、75%くらいかな」
―残り25%のダニエルはどんな男?
「(アゴに手を当て)大学でバスケットボールをしていたとき、僕は貪欲な選手だった。勝たなければならないという気持ちだけだった。ステロイド剤などを使った訳ではないが、プロテインを摂取して筋肉を増やしたし、体格をよくしようと220ポンド(約100キロ)まで体重を増やした。あ、高校に通っていたころは、理由もなくスクールバスに卵を投げたこともあった。バスケットボール部の主将だったが、ペナルティとして7試合出場停止になった。不満と欲でいっぱいの時代だった」
米ミシガン州で生まれた少年の夢はNBAのバスケットボール選手になることだった。イリノイ大シカゴキャンパス(UIC)にスカウトされるほど、認められていた才能。しかし他人がうらやましがった才能は、自分が期待するレベル(彼は“トップレベル”と表現した)には及ばず、チーム内唯一のアジア系に対する偏見を持っていたコーチと不仲になり、進路を変更した。その後、モデル活動やニューヨークでの演技レッスン、そして『私の名前はキム・サムスン』でのデビューはご存知のとおり。
―不愉快な質問かもしれないが、UICの米国人コーチは人種に対し偏見があったと聞いた。しかし、逆にあなたは白人の血を引いているということで、韓国ではメリットがあったのでは?
「(さらに長い間アゴに手を当ててから)まず一言。『私の名前はキム・サムスン』にキャスティングされたとき、僕は僕の血筋がメリットになったとは思わない(笑)。韓国でも“偏見”があることを知ったのは、むしろ有名になってからだ。ハーフにも階級があるということを知った。しかしはっきりしているのは、韓国はアメリカのように露骨に人種差別が横行する所ではないということ。そして以前の世代よりも今の世代のほうが開放的な心を持っているということだ。その中でどのようにお役に立てるか、僕も真剣に考えている」
―不快な質問をもう1つ。「韓国での活動はハリウッドなど次の段階へ進むためのステップなのか」と聞いたら失礼かな?
「ステップ?僕がハリウッドで活動する場合の唯一の長所は、アメリカの両親が映画を見るのにちょっと便利だということぐらいだろう。ハリウッドなのか、韓国なのかが重要ではなく、どんなシナリオでどんなプロジェクトなのかが、僕とっては一番重要だ。今のこの仕事はステップではなく、僕の人生だ」
―ムードを変えよう。「ミスターロビン」ではなく「ダニエル・ヘニー」を口説くために、女性が身につけておくべきことは?
「何よりも飾らない自然さだ。そして僕が一番好きなのは、飾らない笑い声。
容姿やスタイルは年を取れば変わるが、90歳になり、たとえ車イスに乗るようになっても、笑顔だけは変わらないというように」―素敵な言葉だが、何かあらかじめ用意されていた答えみたいな感じが…「(顔を赤らめて)もちろん初めて会ったときの印象やフィーリングも無視できないけど」