新年の運試しは「占い」で・・・噂の“あの店”を体験リポート


 毎年この時期になると「来年はいいことがあるかな」という期待から占いの店を訪れる人々が増える。「人生の天気予報」とも、「当たるも八卦、当たらぬも八卦」ともいわれる占い。ソウルで有名な占いの店を体験リポートしてみた。


 リポーター、カン○○さん

 30代前半。大学卒業後、現在勤める出版社に勤務している未婚女性。結婚相手はいるが、結婚の計画は具体的にない状態。

<蚕室「○○導師」>

 神気が旺盛だという噂。看板もなく普通の家のような部屋の中に神棚が比較的こざっぱりした状態で飾られている。隣には化粧台とコンピューター用の机もあった。

 20歳程度にしか見えないロングヘアの女性が噂の「○○導師」。神子だということだが、服装はアディダスのTシャツ。占いをする前、直系家族の誕生日をすべて聞かれた。

 占いの途中で時折うちわや葉銭(昔の銅銭)を数える。「お父様はとても強情な方ですね」。父はそういうタイプではない。「お母様が徳のある方だとよく言われませんか?お母様の徳を分けてもらっていますね」。それは当たっているような気もする。この後、数分間家族に関する占いが続く。「お母様は小さな病気は多いけれど、長生きされそうです。かえって健康そうに見えるお父様は注意が必要です。糖尿、高血圧、血管の血もドロドロですね」。普段から糖尿と高血圧、血管系の疾患で病院に通う父の姿が浮かんだ。本当に何かが見えるのだろうか?結婚運について聞いてみた。「晩婚の方が良さそうだけれど、あえて来年したいのであれば秋を過ぎてからにしてください。3月と4月がよくないので体に気をつけて。今の彼氏のことを見てみましょう。最初は難しいけれど、だんだん良くなってくる相性ですね」。それも合っているような気がする。

 手馴れた占い師のように「それらしい」表現はしない。正直に見える反面、どこか伝達力に欠けるように見えるのが難。おふだを買うよう勧めることもない。目の鋭いきれいな女子大生とたくさんおしゃべりしてきた気分だ。

<東大門近くの「○○庵」>

 30年余ここで占いをしてきたという店。1日先着20人前後しか占ってもらえない。ピークの時は午前2時から人が並んで順番を待ったという。午前6時40分頃に行ってみると待機番号18番だった。今日の顧客はほとんどが子どもの入試について聞きにきた中年女性たち。部屋の内部は想像の中の占いの店通りお香の匂いがたちこめ、達磨図があちこちに貼り付けられていた。

 占い師は相談者が席に座る前から占いを始めた。お互いのコミュニケーションはなく、ほとんど1人で話している状態。「来年3月までは寂しい生活が続く」。仕事が忙しく寂しいどころか眠る時間すらないのに。「この生年月日は心理学、宗教、瞑想、人道哲学にむいている」。関心のない学問の話などしても仕方ないのに・・・。「来年3月から新しい人生が始まる。この時から運は上向きで、7、8、9月頃には結婚運が出ている。甲状腺の病気に気をつけて、苗字が鄭か林の人は避けた方がいい」、「この生年月日は変わったタイプの男が好きになる。自分が与える方を好む。1万ウォンを持っている人より100ウォン持っている人に惹かれる」。「あ、あの~導師さま・・・」と質問をしようとしても聞こえないふり。「2006年からは前途が開けてくる。来年は結婚する運だが、その前にもう1度ここに来るだろう」(「おしまい、さよなら」の表情)。蚕室の占い師は来年はよくないから、結婚は秋以降にした方がいいと言っていたのに・・・。

 20分間、1度も質問の機会を与えてくれなかった。時折的中することもあったが、おふだの購入も勧められた。結婚はしているけれど、子どもがまだないと言うと、「5~8月にまわってくるチャンスを逃さず、懐妊し立派な男の子が産めるよう30万ウォンで祈祷をする」という答え。占いの部屋から出てくると、ある中年女性が「夫の精力を強くするお札」を買うか買わないかで悩んでいた。

<江南・教保タワー近くの「○○易学院」>

 受験生を持つ江南圏の主婦をはじめ政界や財界からも占いをしに来るという有名な店。ひとにより、悩み事により、占いの時間が違う。平均20~30分程度だが、中には1時間近く占いが続く人もいる。5時間待ってやっと順番が回ってきた。

 30代後半程度に見える占い師は、名前と生年月日をノートに書くと、ペンを置いて“ニヤッ”と笑った。「ここにどうして来たの?」、「占いをしに」、「ここは占いをするところではありませんよ。聞きたいことがあったら聞きなさい」と反対に質問される立場にされてしまった。「人生は屈曲がなければ面白くない。あなたにはまだ特別話してあげるようなことはないね。まだここに来る人ではないよ」、「そうですか?ほかのところでは生年月日さえ言えば、あれこれ占ってくれましたが・・・」、「そういうことが知りたければ普通の占い師のところに行かなきゃ。ここは易学で人生を解釈する“相談所”だから」。結婚はいつごろできるかと聞いてみた。「どれどれ・・・2006年11月以降になるかな。2007年に子どもを産みますね」

 ここは過去のことを言い当てるよりも未来に対する方向を提示することに占いの時間のほとんどを使っていた。現在の相談者の現実と生年月日を分析し、未来のために宿題を出すというような雰囲気が印象的だった。



 リポーター、パク○○さん

 30代半ば。結婚10年目の主婦で、病院に勤務している。最近の引越しと子どもの学校の問題で悩みが多い。

<南山「○○女史」>

 江南の金持ちの奥様たちが集まり、占いマニアたちにも人気があるという店。マンションの一部屋に机をひとつ置き、50代の女性が占いをしてくれる。占う本人の生年月日だけを聞き、何かを書き付けると、「99年に何か悪いことがある生年月日だけれど、体にナイフで傷をつけたことでそれを避けることができたようだ」。そうかな?「2007年にまた何か良くないことが起きる暗示だけれど、その時のように帝王切開をするなど、体に何かナイフで傷をつければ悪運を避けることができる」。それならその年に手首でも切れってこと?

 この時、占い師の携帯電話のベルが鳴った。一言の断りもなしに電話を取った後、再びペンを手に運命の解釈に取りかかる。「引越しを控えているのですが、してもいいでしょうか?」。「まあまあですね」と曖昧な返事。

 「それはちょっと違うけれど・・・」と言うと、すぐに話を変えるのが特徴。「これはこうだったでしょ?」と話し、「違います」と答えると、「だからあなたは今のような状況に置かれることになった」というような対話が続く。話の途中で幾度も携帯電話のベルが鳴り、イライラする。電話の内容も今話さなければいけないような内容でもない。10万ウォンという巨額の相談料を取る割には不親切この上なかった。

<モレネのおじいさん>

 在来市場の裏にある店。なかなか見つからない分かりにくい場所にあり、「哲学館」と書かれた小さな看板がかかっている。60代と見られる占い師が1坪程度の部屋で占いをしている。

 落ち着いた声で家族の名前と生年月日を聞く。「自分の名前は姓名判断でしっかりつけてもらったのに、子どもたちの名前は適当につけたね」。娘の名前は呼びやすく、可愛いのがいいと思い、深く考えてつけなかった。この後40分間、老眼鏡で本をめくりながら、占いを始める。「旦那さんはお金よりは名誉を優先する人だね。政治家に向いているのに」。それは確かにそうだ。「2人目はいつ産めばいいでしょうか」、「旦那さんの運命に『孫のような息子』の相が出ている。2010年以降が1番いいけれど、早く欲しいなら2007年がいいだろう。2008年に産むと、長女と似た性格の子が生まれて、2人が競争意識が強くなってよくない」。「外国に転勤するかもしれないのですが、夫を1人で行かせてもいいですか?」。「大丈夫。この男は女性には親切だけれど、妻を捨てるようなタイプじゃない。あなたにも海外に出て行く相があるから一緒に行ってもいいと思うよ」。

 質問に対する答えは具体的な方だった。何より「何でも聞いてください」というような質問歓迎の雰囲気が良い。3万ウォンの占い代がまったく惜しくなかった。しかしこの時一緒に行った友人は何を聞いても「良い、大丈夫」というように抽象的に言われ、まったく参考にならなかったと不満げだった。

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