母親のピンク色のハイヒールを盗んで逃げた幼い少女。数十階あるビルの屋上の片隅に何とか逃げ込む。少女の母親が慌てて駆け付ける。やっとのことで足首を掴む母親。一安心もつかの間、少女の足首が千切れていく。墜落する少女。母親の両手には少女の足首だけが残った。
『赤い靴』に乱れ髪の幽霊は登場しない。死んだ子どもがテレビのブラウン管の外に飛び出してくることもない。観る者を幻惑させ、鳥肌を立たせるのは一つの刺激的なオブジェ「赤い靴」。貪欲と色情を挑発するこの怪しいハイヒールは、無意識のうちに沈んでいた女性の欲望を水面の上まで浮かび上がらせた後、まったくの素顔をそのまま現わす。
苦痛の結婚生活に耐えていた30代中盤の眼科医ソンジェ(キム・ヘス)は、夫の(イ・オル)の浮気を知り、6歳の娘テス(パク・ヨナ)と家を出る。ある日、偶然に地下鉄の連絡通路で見付けた赤い靴。盗むように拾って来たその不思議な魅力を放つヒールを履いた後、ソンジェは初めて唇に口紅を塗る。
男性に一切の隙を見せることのなかったこの自閉的な女性は、既に自分の眼科医院のインテリアを担当したインチョル(キム・ソンス)を自ら誘惑するほどの変化を見せる。
『赤い靴』の恐怖の根源は「伝染」と「貪欲」に要約される。見たその瞬間、抑えられない衝動に駆られる魅惑のオブジェ。6歳になった娘でも、実の弟のように愛する後輩でも、その貪欲には譲歩がない。しかし、怨恨のこもった悲しい靴は、自分を奪う者を無差別に死へと導く。
呪いは老若男女を問わずに伝染し、貪欲さは破滅の原動力となる。死ねば脱ぐことができる赤い靴は、驚異的な特殊効果で「切られた足首」と共に視覚的恐怖を抱かせる。
アンデルセン残酷童話に基づいた転覆的な想像力は、母性愛と女性としての欲望との間の葛藤という不穏なドラマを追加して大雑把で重い破壊力を発揮する。 新たなアイデアという意味では惜しまれる点が残るが、キム・ヨンギュン監督はホラーというジャンルの慣習的特長を鋭敏に掌握した後、観客を原初的ま刺激へと追い込む。
すれ違う相手が見えないほど陰鬱なマンションの廊下、まるでエサを狙うサメの口のように開閉を繰り返す地下鉄のドアなど、斬新な空間演出は圧倒的な分量の血と共に客席の視覚的恐怖を極大化させる。
長い間ホラーとキム・ヘスは互いに合わないと思ってきた。コメディで見せてきた元気で愉快な姿以外のイメージをこの女優からは見付けにくかったからだ。しかし、キム・ジウン監督の短編映画『メモリーズ』、キム・インシク監督の『顔のない美女』に出演して以降、キム・ヘスは確かに自分の典型から脱しているように見える。
20年ぶりに切ったという彼女の髪の毛が表しているように、『赤い靴』のキム・ヘスは非常に果敢で整頓されたキャラクターを演じている。映画全体を均衡的に統制する演出と出会い、キム・ヘスは自分の女優人生で最も安定したキャラクターを演じている。30日から公開。