「一日中スケジュールがあって忙しかった頃にテレビ局のトイレで鏡を見た時、見慣れない姿が鏡に映っていた。疲れ切った顔にメーキャップして、服はどこからか借りてきたものだ。いつのまにか、僕はなぜこの仕事をして、どこに向かっているのか…何の計画性もない芸能人になっていた」
ソン・シギョン(25)が新たにリリースしたアルバム『済州(チェジュ)島の青い夜』の歌詞カードに書かれたこの言葉は心を痛ませる。大学に通いながら一日に8つものスケジュールをこなしていた頃の話だという。
ソン・シギョンは「学のある歌手」といった言葉や「芸能人歌手」という皮肉を同時に耳にする。ある意味、相反する言葉である。本人もこう言われていることはよく知っていた。「芸能界にいる同じ年代の人たちとは話が合わないんです。なので先輩たちと仲良くしていました。それで生意気だって言われるのでしょう」
初めからいきなりデリケートな部分に触れてしまったようだ。「僕はアーティストは偉くて芸能人はおこがましいみたいなイメージ自体がおかしいことだと思います。テレビやラジオでプロモーションをしてアルバムがたくさん売れることはいいことじゃないでしょうか?」
バラエティー番組やドラマに出演することもアルバムのプロモーションの一部だということだろう。「僕はスムーズに成功した部類です。もちろんテレビの力をだいぶ借りましたしね。でも、その分、僕の行動範囲がだいぶ狭まりました」
ソン・シギョンは高麗(コリョ)大学社会学科を卒業後、同じ大学の大学院に通っている。確かに彼のような学歴を持っているアーティストは少数だが、それが影響を与えたわけではない。しかし、彼は一般的な方式に従ってあらゆるスケジュールに縛られてきた。その目先だけの行動が今頃になって彼に疲れを与えているようだった。
「どっち付かずなんです。アーティストの道に進むことも出来ずに『事務所との約束だから』と言い訳をして、芸能人になりきることもできなくて『僕はミュージシャンだから』なんて思って…」。
ソン・シギョンのアルバムの歌詞カードにはもう一つの言葉が書かれていた。「ブライアン・マックナイトのショウケース・ライヴを見て自分が本当にミュージシャンなのかと疑ってしまった…。彼のようなミュージシャンになりたいのに僕は今、何をしているんだろう。気が重くなって車に乗ったが、マネージャーから『ノンストップ』(シチュエーション・コメディー)のシナリオを投げつけられてこう言われた。『早く覚えて、時間がないんだから』」
確かに2001年にソン・シギョンがキム・ヒョンソクの曲を歌った時の印象とはだいぶ違う。3年前のソン・シギョンの歌声は山寺の泉のような感じだったが、最近は殺菌されて真空パックに入れられたミネラルウォーターのようだ。
「とても忙し過ぎて私が持っていたすべてのものが無くなって空っぽになってしまいました。音楽を聴いたりして勉強をする時間がないからでしょう。そんな状態なので公演の準備もまともに出来ませんし…」。ミュージシャンの言葉だとは思えない内容だが、それが韓国の音楽業界の現実を現しているのだろう。
そんなソン・シギョンが最近、ライブハウスで公演を行っている。今月一カ月間、毎週金~日曜日に大学路(テハンノ)のライブ劇場で公演を行っている。本人曰く「久しぶりにオーディエンスとコミュニケーションができる」と言う。
音楽と芸能界での話をしてニューアルバムのことが後回しになってしまった。ニューアルバムはチェ・ソンウォンの『済州島の青い夜』、ヨヘン(旅行)スケッチの『星が落ちるよ』、金光辰(キム・グァンジン)の『女雨夜』、トンムルウォン(動物園)の『恵化(ヘファ)洞』といった80年代のフォークソングをカバーした。
ソン・シギョンはこのアルバムで以前の泉のような澄んだ歌声に戻った。聴き慣れた曲の数々が彼の歌声と絶妙にマッチしていた。ソン・シギョンも「このアルバムが“芸能人ソン・シギョン”から“ミュージシャン・ソン・シギョン”への第一歩」と覚悟を新たにしていた。