「じゃ、今度は悲しい表情です」
ディレクターの指示が出てから10秒ほど経っただろうか。彼女の目頭に涙が溜まり始めた。1滴がすっと流れ落ちる。見守っていたスタッフの口から嘆声が漏れた。
20日、議政府(イジョンブ)のMBCテレビのオープンセット。MBCテレビの創立42周年特別企画ドラマ『大長今(テチャングム)』(金ヨンヒョン脚本、李丙勲(イ・ビョングフン)演出)で、3年ぶりお茶の間に復帰する李英愛(イ・ヨンエ/32)は、さすがだった。
李丙勲ディレクターも「私もこんなに早く涙を演じてくれるとは思わなかった」と笑みを隠せない。
雨が降ったり止んだりを繰り返していたこの日、“酸素のような女”李英愛は、多少緊張した面持ちだった。
「今日が撮影の初日で、撮るシーンも多いので、午前5時半ごろにこっちに来ています。50回作のスタートを切る日だし、私としても本当に久々の仕事なので、正直な話、とても緊張しています。早く安定を取り戻したいですね」
濃い緑のチョゴリにカーキー色のチマ、そして結い上げた髪を紐で結んでいる李英愛は、このドラマでヒロインの長今(チャングム)を演じる。
身分の低い長今が王の食べる宮廷料理の最高料理人になり、また、紆余曲折の末、朝鮮最高の内医女(宮中の医薬に関する事項をつかさどった官庁内の女性侍医)までなり、後日「大長今」と尊敬される、中宗(チュンジョン)朝の実存人物(1506~1544)だ。
瞬間、同じディレクターが4年前に手掛けた超ヒット作『許浚(ホ・ジュン)』とイメージが重なった。
「男女の役割だけが入れ替わったのではないか」と質問すると、しばらく考えてから、李丙勲ディレクターは次のように答えた。
「長今は許浚のような聖人ではなく、目標に向かって一歩一歩を踏み出す女性です。そういった面で、『大長今』は一種のサクセスストーリーと言えるでしょう」
ドラマの序盤の重要舞台は宮廷料理の産室、水剌間(スラカン)だ。王に差し上げる料理を準備する“最高の料理人”になるため、李英愛はどんな準備をしたのだろうか。
「宮廷料理伝授者の韓福麗(ハン・ボクリョ)先生から1週間、集中的に講義を受け、料理の実習をしました。朝10時から午後5時まで授業が続いたんです。4~5種類の料理を習ったんですが、この時の授業をビデオで撮って、一人で勉強を続けています」
物静かに、しかし、しっかりと模範的な返事を返す彼女から、朝鮮時代の女性の気品が感じられる。
その優雅な美しさを目のあたりにしていると、今回のドラマで相手役を演じるタレント チ・ジンヒが冗談半分で言っていた言葉を思い出した。
「李英愛さんが相手役だと聞いた時、本当に嬉しかったですね。トイレに駆け込んで、一人でニヤニヤ笑いましたよ」
CMでは彼女の透明な顔と彫刻のような身体を引き続き確認できたが、「女優 李英愛」は2000年のSBSドラマ『火花』、2001年の映画『春の日は過ぎゆく』が最後だった。
物理的な年齢もすでに30を超えている。彼女自身、「歳月と時間の流れに負担を感じる」と打ち明ける。
「100メートル走を走る直前のその震える気持ち、分かりますよね。その負担、そのドキドキ、正直な話、本当に嫌いなんです。でも、一旦走り出すと、上手く走れると思います」
言葉数の少ない彼女だが、このくだりでは多弁になった。
「振り出しに戻って、演技をやり直す気分です。惰性とマンネリズムを脱皮するつもりです。新人になったつもりで、監督から教習も受けているんです。新しい可能性をお見せします」
彼女の時代劇経験は、92年のMBCテレビ特別ドラマ『饌品単子』と、96年のKBSドラマ『西宮』。しかし、この2作品とも新人時代に演じているため、今回の『大長今』は李英愛自身にとっても決して小さくない挑戦と言える。
李英愛は「演技の勉強になりそうだ」と言って微笑んだ。
ちょうど、この日は『大長今』の大型セットのオープンも兼ねたことから、告祀(幸運を祈る儀式)が行われた。李英愛は慎ましやかにチョル(韓国伝統の礼の仕方)をした。
白い封筒を口一杯に加えたブタの頭が、「心配いらんよ」といった風な笑みを彼女に送っていた。