『殺人の追憶』が公開されたことから、今年開かれる各種の映画賞の主演男優賞の競争は無意味になったと言えるかも知れない。
『ペパーミント・キャンディー』の薜景求(ソル・ギョング)と、『パイラン(白蘭)』の崔岷植(チェ・ミンシク)がそうであったように、『殺人の追憶』の宋康昊(ソン・ガンホ)は、戦慄を感じさせる演技とはどういうものかを、思う存分味わせてくれる。
華城(ファソン)で起きた連続殺人事件を素材にしたこの映画で、彼は肉感で捜査する田舎刑事、朴ドゥマン役を演じ、役に没頭する“メソッド演技(俳優自身を捨て、役の人生をそのまま演じること)”の卓越な境地を切り開いた。
この映画で宋康昊はストーリーに独特な弾力を加えるコメディー演技と、作品全体に侘しい風を吹きつかせる内面演技を同時にこなしている。
「重圧感の多かった以前の作品に比べれば、この映画はとても自由に、楽に演じられました。多様な部分を見せられる映画だったという点から、大切な思い出になりそうです」。
『殺人の追憶』で彼の演技は、文字通り、この上なく自然体のままだ。遺体を発見し、反射的に唾を吐き捨てるシーンから、殺人容疑者を捕まえたと判断、得意そうな表情で水を飲み干す表情まで、彼の一挙手一投足はしゃれていないが頼もしい、田舎刑事 朴ドゥマンそのものだった。
事故で足を切断することになった同僚のベッドの側で、憐憫溢れる悪態をついて見せたり、映画のクライマックスで、証拠がなく、最も有力な容疑者を釈放しなければならない時、「飯は食ってるのか」と聞く時の彼の演技は、もう何とも言えない。
「この映画の中の私の台詞のほとんどは、撮影中、その場の思いつきでやったものです。動作もそうですね。前もって繰り返し考えて作り出す演技よりは、そのような動物的な演技がリアル感を倍増させると思うんです」。
映画で、ソウルから派遣されたソ刑事役の金サンギョンと初めて対面するシーンで、朴刑事はソ刑事を犯人と間違える。田んぼに佇んでいたソ刑事を目撃した瞬間、朴刑事が初めて取った行動は、全身を投げ出して蹴りを入れることだった。
「突然“やられてしまった”金サンギョンさんがとても驚いたらしいんですよ。撮影が終わった後、『康昊さん、一杯やりませんか』と言ってきた。それが、金サンギョンさんが唯一、お酒に誘った日でした。私もカメラが回りはじめた後、即興的にやった演技だったため、前もって言ってあげることができかったんです。そうしなければ、そのシーンでリアル感が湧かないのではないかと思って」。
宋康昊の演技の最も大きな魅力は、クライマックスで一気に爆発させるのではなく、その絶頂を空白にすることで、さらに長くこだまさせるという点だ。特定シーンの破壊力よりは、全体の流れを重視する彼の演技は、作品を見終わった後、やはり彼の選択が正しかったと頷かざるを得なくさせる。
『JSA』以降、彼が出演した映画で、俳優同士の演技のアンサンブルが優れている理由だ。
彼は結局、俳優とは“生まれつき”のものだと考える。だから、後輩たちにも「どんなに大きな熱情を持っていても、自分の才能を冷静に判断できる賢明さがなければ、人生を台無しにしてしまう」とアドバイスする。
「演技から学習できる部分は、思ったより大きくありません。かえって、私の場合、自分の人生や社会問題を悩み、省察した方が、最も効果的な演技訓練になったと考えます。人生そのものの熾烈さが、生まれつきの才能と合体し、その俳優を作り出すのだと考えます」。
そうしながら、彼は自分自身について、「“人間としての宋康昊”は論理的なソ刑事に近いが、“俳優としての宋康昊”は、直感で勝負する朴刑事に近い」と整理する。
彼は、映画の中のイメージと実際の姿が最も違って見える俳優の1人だ。映画の中の彼を想像すると、実際の彼は余りにもシリアスで、当惑さえ感じさせる。宋康昊は夜通し続く酒の席でも、演技と映画の話だけを繰り返す。
だから、インタビューで彼から聞かされる話といえば、時々爆笑が起きるような冗談ではなく、演技について長く熟慮した者だけが体得することのできる、確信と慎重に満ちた確固たる誓言だ。
彼は以前、「30代後半から40代後半までが、俳優として花咲ける時期」と話したことがある。ならば、今ちょうどその年齢にさしかかろうとしている宋康昊の場合、どうだろうか。
そのような質問を思い浮かべていると、バイロンの言葉を思い出した。「最も優れた予言者は過去だ」。
彼が辿ってきた軌跡を見れば、彼の未来を信じずにはいられない。1人の観客として、宋康昊がいてくれて、幸せだ。