李尚恩(イ・サンウン/33)は、ユニークな歌手だ。ある日、舞台の端から端まで走り回りながら『タムダニ』という歌を歌って人気を集めたかと思えば、ニューヨークとロンドンで美術を学び、日本で『Gongmudohaga(公無渡河歌)』というアルバムを発表した。
李尚恩より「Lee-tzsche(リーチェ)」の名で知られるようになった。これは両親の姓を合わせたもので、李尚恩をフェミニズムの象徴として宣伝する人たちまで現れた。
李尚恩のニューアルバム『神秘体験』は、通算11枚目になる。いまだに「ダムダニを歌っていたのっぽさん」と記憶されているのに、もう11枚目とは。
「前向きで日常的なメッセージを込めました。もちろん私は昔のままです。日本での活動期間が長かったので、今回は韓国で製作して日本に輸出する方法をとりました」 。
彼女は音楽と社会について、深く悩んでいるようだった。何度も「反戦」、「労働」、「女性」について語った。「ロックは労働者階級、特に働く女性のための音楽」と定義した時には、それなりにロックを聴いてきたと自負する人もはっとさせられた。
李尚恩に「あなたを『過大評価された歌手』と言う人もいる」とふっかけてみた。すると「嫉妬心のせいだと思う」との答えが返ってきた。
「だから韓国より日本で活動する方が楽です。評論家もかなり評価してくれますし。日本では『どこでも聞けないような音楽』だと言われます。韓国ではこういう評価は期待できません。私は『商業性』というものが大嫌いです。単語自体も嫌いです。その代わりに『大衆性とは何か』について悩んできました」 。
李尚恩は、イギリスで音楽を聞きながら「大衆性」の手掛かりを見出したとし、それを今回のアルバムに収めたと説明した。
そう言いながらも「『これが大衆性だと?』と思うリスナーもいるかもしれません。とにかく、私なりの答えは見つけました」。
ちょっとわけがわからなかったけど、彼女のせいではない。大衆性に対する悩みからイギリスまで行って音楽を聴くミュージシャンが今時韓国に何人いるだろうか。トークショーやCMにはたくさん出ているけど。
今回のアルバム『神秘体験』にはアクアスティックとエレクトロニカが絶妙に融合している。メロディーは『公無渡河歌』や「オギヨディヨラ』といった実験的な音楽よりはるかに単純で明確になった。
彼女は「環境がアクアスティックで、先端がエレクトロニカです。環境と先端の調和と言いましょうかね」という。
李尚恩は作曲をするけど楽譜は付けられない。自分にしかわからない絵で歌を表現すると、ギター奏者などがその音を聞いて楽譜にまとめる。それも彼女ならではの独創性と言えよう。
「歌手がどんな歌を歌うが皆が分かっているのって、一つの全体主義ではないんですか」。