映画『二重スパイ』は、開始から数分も経たないうちに、一人の人間が分断の現実の中で引き破かれる姿を観客の前に突き付ける。
韓国に亡命したイム・ビョンホ(韓石圭(ハン・ソッキュ))がまず連れて行かれる所は、亡命者の歓迎会場ではなく情報機関の取調室だ。そこでイム・ビョンホに対する拷問が始まる。
「何もない奴がどうして南に来たんだ?」と問い詰める捜査官たちの叫び、水拷問や電気拷問の毎に響き渡るイム・ビョンホの悲鳴も無惨だが、観客をもっとぞっとさせるものが別にある。
水拷問中、浴槽の横でずっと流れ続ける小さなポータブルラジオの音。安っぽいラジオのスピーカーからヘ・ウニの『第三漢江(ハンガン)橋』が不気味に流れる。
一人の人間が今まさに死の瀬戸際にある極限状況で悲鳴を上げている中、その悲鳴を覆うかのように「あなたと私の夢を乗せて~川の水が流れる~」という歌詞が不気味に流れる。拷問される人間の恐怖心をいっそう煽る装置だ。
『二重スパイ』で情報機関が留学生のスパイ集団事件を操作しようとした大学生を水拷問する時にも再びこのラジオが登場する。「波よ悲しむな…」という鄭薫姫(チョン・フニ)の歌声が悲鳴をかき消してしまう。
平凡な日常そのもののラジオの音と、肉体が切り裂かれるような悲鳴とが鮮かなコントラストを成し、拷問場面の悲劇性と衝撃を増幅させる“立派な”効果音になる。
李滄東(イ・チャンドン)監督の『ペパーミント・キャンディー』でも同じだった。
警察官に扮した薜景求(ソル・ギョング)が、犯罪者に水拷問するシーンは、トランジスタラジオのアップで始まる。生放送中に女性リスナーが電話出演し、ボーイフレンドのことを話しながらゆったりとした時間が流れるが、そのうちに妙な戦慄を覚え始める。
拷問が行われていた時代、実際に機関員らが拷問時にラジオを点けていたという話もある。その真偽はともかく、李哲佑(イム・チョルウ)はすでに小説『赤い部屋』の中で、拷問部屋のラジオを鮮明に描いていた。
主人公が赤い部屋に連れて行かれ、水拷問を受ける時にラジオからは『月明りの窓べで』、『君』が流れる。これは『ペパーミント・キャンディー』で教官が拷問の最中に「飲み会に遅れる」と時計を見ながら言うシーン程に身の毛がよだつ。
『二重スパイ』に出てくる弁当箱ほどの「ゴールドスター」製のラジオは、80年代を想起させる懐かしの代物でもある。この小道具はあるテレビ番組の制作チームが、清渓川(チョンゲチョン)のフリーマーケットで1万ウォンで手に入れたという。