申相玉・崔銀姫氏夫婦「安養映画学校を再建します」

 映画監督の申相玉(シン・サンオク/76)氏と崔銀姫(チェ・ウンヒ/72)氏夫婦が、約30年ぶりに「安養(アンヤン)映画芸術学校」を復活させる。

 60年代の映画界を風靡した申監督夫婦は当時、安養映画撮影所の中に「安養映画芸術学校」を別に設立し、俳優たちを輩出した。当時申監督は理事長を、崔氏は学校長と務めた。

 申監督夫婦は、「以前私たちが運営していた撮影所と学校に対する郷愁を、30年以上も心に秘めていた」とし、「タイミングよく、安養市が映画芸術学校を設立し、往年の栄光を蘇らせようと提案してきたので、私も意欲が出た」と話した。

 復活する学校名は「安養申フィルム芸術学校」に決まり、来年3月に開校する予定だ。

 申監督は「最近の学校では、先生自身もよく知らないことを教えているが、この学校では、徹底して実技を中心に教えるつもりだ。本当に目玉が飛び出るほどの大ヒット作を作り上げる」と豪快に話した。

 この話をそばで聞いていた崔氏は「なんでそんな(極端な)話をするんですか」と夫を腕をつねっては、「正直な話、以前の安養映画芸術学校の生徒の中には“問題児”が少なくなかったんですが、今度は人材を集めてスターに育ててみせる」と話した。

 そのため、学校の教師は映画の現場で働いている一流の監督とプログラムディレクター(PD)を中心に構成する計画だという。

 新たに復活する安養映画芸術学校は、旧安養警察署の敷地に建てられる。申監督夫婦は、「学校の敷地は安養市が貸すことになっているが、機材の購入にどれだけの費用がかかるか、心配だ」と口では言うものの、30年ぶりに学校を復活させるという感慨からか、始終、嬉しさを隠せない表情だった。

 申監督と崔銀姫氏が運営していた安養芸術学校と安養映画撮影所は、2人が1978年に朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に拉致されたことから、運営が中断された。申監督は北朝鮮で映画『ブルガサリ』などを制作していたが、1986年に妻の崔氏と一緒に脱出に成功、その後、米国などで滞在していたが、今年初めに「永久帰国」した。

 申監督は今年1月、ミュージカル『誰がために鐘は鳴る』を演出し、崔氏はそのミュージカルにゲリラ隊長の妻の役で出演、話題を呼んだ。申監督はまた、今年2月、フランスのドーヴィルアジア映画祭で審査委員長を務めるなど、国内外で活発な活動を繰り広げている。

 申監督は、「来年5月に開かれるカンヌ国際映画祭に私の作品『燕山君(ヨンサングン)』が回顧展の作品として選定された」とし、「最近は『燕山君』の編集で猫の手も借りたいほど忙しい」と話した。

孫檉美(ソン・ソンミ)記者
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