『オアシス』の薜景求「狂気でも正常でもない役に苦心」

 彼にはプロの俳優のにおいがする。幸いにも、そこにはカネのにおいはしない。李滄東(イ・チャンドン)監督の新作『オアシス』(15日公開)の主演を演じる薜景求(ソル・ギョング/34)。彼が受け取ったギャランティーは「言い値で…」だった。

 『ペパーミント・キャンディー』(1999年)で各種映画賞の新人賞を総なめにし、大鐘(テジョン)賞の主演男優賞(『公共の敵』)を受賞したプロの演技者にしては気が抜けするような返事だが、彼にはこんな返事をも素直に信じさせてしまうような力がある。

 それでも薜景求とのインタビューの時は、言葉を選んだり、行間を刻んで聞かなければならない。先月31日に行われた試写会場の壇上に立った彼は、映画を観に来てほしいと言いながらも「この映画は俳優が足を引っ張っているんですよ…」と観客たちを笑わせた。直前に行われた記者会見では「李滄東監督は変態」と発言し、いわゆる“ネタ”をくれた。そのくらい俳優をあらゆる方法で苦しめるという話だ。非常に正直な言葉でありながらも、真っ赤な嘘でもある。薜景求はいつもこんな感じで話す。

 光州(クァンジュ)事件の記憶に縛られ、自ら死を選ぶ拷問専門の警察官(『ペパーミント・キャンディー』)、眼光そのものが刃の、種族最強の武士(『燃ゆる月』) 、過ちを悔い改心しようとするチンピラたちを更正に導きながらも、罪を犯した悪党には言葉よりも先に拳が飛ぶソウル江東(カンドン)警察署の強力班(凶悪事件担当の部署)のカン刑事(『公共の敵』)などの役を経て、彼が得たものは「映画に出演するたびに新しい」と言う言葉だ。演技者にとっては最高の賛辞だ。

 しかし重度の脳性マヒ障害者を愛する前科3犯の男を描いた『オアシス』を観てからは、俳優「薜景求」に恐ろしささえ感じる。

 「監督がシナリオを読ませた後にこんなことを言うんですよ。『お前と似ている部分が一つもないキャラクターだ。自信がなければやらなくていい』って。最初から『無理矢理やれ』というより、もっとひどい話だと思いません?(笑)」

 監督には監督なりの理由があった。薜景求が演じる「ジョンドゥ」にはカリスマの“カ”の字も感じてはならないストーリーだ。30歳の一人の男がいる。兄に代わってひき逃げの罪を負って兄を助けたが、出所してみると家族は何の知らせもなくどこかに引っ越してしまった。


 どうしようもない境遇で無銭飲食までやらかして警察に捕まった時、偶然に会った弟(リュ・スンワン)がこう言う。「兄貴、どうか俺の人生を邪魔しないでくれ」。憎まれ口を叩かれながらも、一緒に住むことになった義姉も一言いう。「あなたが家にいなかったから私は本当に幸せだったのよ」。そんな状況でもヘラヘラと笑うジョンドゥ…。

 「撮影の直前までも、どういう感じか全く分からなかったんですよ。『ペパーミント・キャンディー』より難しい役はないはずだと思って挑戦したんですが、ひどい目に合いました。数倍はきつかったですね。こんなもんかなと思って演技したら、後で監督から『ジョンドゥはバカか?』と怒られるし、あんなもんかなと思って死に物狂いでやったら、『ジョンドゥは正常な人間か?、お前の目にはそいつが正常な奴に見えるのか?』と怒るんですよ。本当に参りました」

 本当にそうだ。刑務所から出てくるや否や、フルーツバスケットを手に被害者の自宅を訪れるかと思えば、その被害者の娘で脳性麻痺を患っている「コンジュ」(ムン・ソリ扮する)が一人暮らしを始めると、突然家に押しかけて行っては「コンジュは本当にきれいだな」と、強姦(?)直前まで至ってしまっているのだから。

 事実、俳優 薜景求は、一緒に仕事をしている監督の“意図”に忠実に応えようと努力することで有名だ。しかし例外もある。「自分の体が付いて行かない時や、どことなく不自然な時は監督に意見を言います。『これは違うと思う。できません』とね」

 『オアシス』では1回だけ、そのようなことがあった。終電もない地下鉄の駅で、一瞬、普通の人のように立ち上がったコンジュ(映画的幻想のシーン)と体を寄せ合って歌を歌うシーンで、どうしても体が思うように動かなかった。薜景求は朝方まで幾度も試みた末、監督に状況を変えてくれと言った後、現場を離れた。翌日行われた撮影では、結局ジョンドゥが車椅子に座り歌った。真の恋なのか、同情なのか、憐憫なのか、それとも償いの心なのか、受け入れ方によって違ってくるこのシーンは、100%彼の演技のおかげだ。

 この映画のため、1カ月で18キロ減量した「名実ともにプロ」薜景求には、夢が1つある。「単線的でない、“豊富な”キャラクターを必ず演じてみたい。本当に。それが映画の味じゃないですか」。6歳の娘のいる彼には、なぜ今だに独身の男の雰囲気が漂うのだろうか。

シン・ヨングァン記者
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