チャ・オクドク(51)さんは一風変わった女性学者だ。女神、歴史上の女性人物探しに“血眼”になっているかと思えば、女性と関連した文化遺跡だけを探し回る。現実の女性問題よりは、過去に執着する傾向が強いと誤解もされる。歴史学者でもないのに知ったかぶりをしている、旧時代の女性から何を学ぶのだと。チャさんの“釈明”はこうだ。
「私たちが知っている歴史上の女性は朝鮮時代に止まっています。三国時代まで、女性たちは馬に乗り、野原を走り回っていたのです。高麗末には朴・ユという大臣が蓄妾制度(妾を認める制度)を提案して、市場の女性たちから袋たたきにあいそうになったこともあるといいます。それだけじゃありません。上古時代の女性たちは私たちの想像を絶するほど、偉大だったのです」
今月3日「第7回女性週間」を記念し、女性学者はもちろん、歴史学者たちの関心を集めた「ソウルの歴史の中の女性人物探し」セミナーで、チャさんが主題発表した『召西奴(ソソノ)』がその代表的な女性だ。高句麗初の王妃で、夫の朱蒙(チュモン)よりも8歳も年上だった卒本夫餘の姫。北夫餘から逃亡してきた朱蒙を王として高句麗を建国するが、実の権力者は召西奴だったというのがチャさんの主張だ。
「高句麗や百済など国家を2度も建国した召西奴の人生が歴史にほとんど残されていなのは、三国史記や三国遺事が男性によって書かれたため」とチャさんは主張する。
チャさんが歴史の中の女性人物探しに関心を持ち始めたのは、34歳の時、梨花(イファ)女子大学・女性学科大学院に入学してから。他の学問でもなく、女性学科だということで、夫と義父母フ反対もあった。しかし、夫は勉強に追われ、自分は仕事に行っている間、7歳の息子を交通事故で失ってしまったチャさんにとって、女性の人生に対する勉強は切実だった。
「託児一つも解決できない現実の女性の人生を改革し、希望を与えたかったんです。まず、歴史書から探りました。いつから私たち女性が苦痛を受けてきたのか知りたくて。ところが、上古時代へと遡るにつれ、かえって女性たちの人生は堂々としていたことを知りました」
歴史の中の女性人物をこの世に知らせるため、チャさんは現場を走り回る。13日には「日本の歴史の中の韓国女性」をテーマにセミナーを開く。女性遺跡の踏査にも熱心だ。「日曜日くらいは家にいればいいのに」と愚痴を言う夫や子供たちを後に、いそいそと現場へと旅立つ。チャさんの夢は、女性の見方で三国史記を新たに完成させることだ。