1970年代、貧しいが故に山の斜面に小さな家を建てて暮らしていた仁川の「タルトンネ」。文字通り訳せば「月の町」だが、韓国では貧しい人々が集まって暮らした町をこう呼ぶ。その町で人々が水をくんで運び、練炭で暖を取った時代があった。
人々は身を寄せ合いながら暮らし、近所の家でごちそうになることもよくあった。すいとんを作っているときにお隣さんが訪ねてくれば、汁を足してスプーンをもう1本差し出したものだ。..
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1970年代、貧しいが故に山の斜面に小さな家を建てて暮らしていた仁川の「タルトンネ」。文字通り訳せば「月の町」だが、韓国では貧しい人々が集まって暮らした町をこう呼ぶ。その町で人々が水をくんで運び、練炭で暖を取った時代があった。
人々は身を寄せ合いながら暮らし、近所の家でごちそうになることもよくあった。すいとんを作っているときにお隣さんが訪ねてくれば、汁を足してスプーンをもう1本差し出したものだ。
貧しいからこそお互いを思い合う、温かさあふれるタルトンネ。その風景を再現したスポットが仁川市東区にある。東仁川駅の裏手、かつてタルトンネがあった場所に建てられた「水道局山タルトンネ博物館」だ。
同博物館では、練炭で暖まっていたころを再現した「練炭取り換え」体験や、80年代まで使用された「懐かしい学生服」の体験コーナーが人気だ。
家族連れで訪れたソン・ヨンイルさん(40)=仁川市西区=は「展示を見ていたら、床屋で髪を刈り上げていたころのことを思い出しました。後の世代に私たちがこういう所で暮らしていたということを伝えられるのはいいことですね」と話す。
この博物館には、タルトンネに住んでいた人々から寄贈された本・写真・資料が展示されている。白黒写真の中で明るく笑う人々の姿に、タルトンネならではの情緒が感じられる。
博物館を後にして、30年以上も客足が絶えない「ペダリ古本屋街」へと向かった。
貧しかったタルトンネの人々は自然と古本屋に足を運んだ。このため、タルトンネに近い仁川市東区ソンリム洞からソンヒョン洞の一帯には古本屋が数十軒集まり、にぎわっていた。船着場となる橋にちなんで「ペダリ(船橋)」という名前が付けられ、現在も古本屋が10軒ほど立ち並んでいる。
看板はさび付き、その下に黄ばんだ表紙の本が山積みになっている古本屋に入ってみた。外から見る限りは誰も立ち寄りそうにない様子だったが、中には客が5人いてそれぞれ本を選んでいた。
店内は床から天井まで古本がびっしり積み上げられていた。入り口には学生がよく買っていく教科書が、奥には百科事典から小説まで、さまざまな古本が並んでいた。
古本屋街の近くにある、町の風景を描いた「壁画通り」も有名だ。2007年から「牛角路公共美術プロジェクト」の一つとして、ペダリのあちこちに壁画が描かれている。
古い家の塀には「制服を着て登校する生徒」「自家菜園の手入れをするおばさん」など、日常の一コマを描いた絵がある。昌栄小学校の塀に描かれた、穏やかな表情で話しかけるおばあさんや、花に水をやる子供たちの姿が印象的だ。
今も作業中の壁画通りは、ペダリ古本屋街から桃源駅までの約1キロにわたる細道にある。コンクリートの建物の間にのぞく壁画を見ていると、学生時代の思い出が浮かんでくる。
この一帯は「スンデクッパ」でも有名だ。スンデは豚の腸詰め、クッパはスープご飯のことだ。韓国戦争(朝鮮戦争)直後、食べ物に困っていた時代に、この一帯では安くておなかいっぱい食べられるクッパ屋が人気を集め、現在のソンヒョン洞にスンデ通りができたといわれている。
路地には、創業30年以上になる「おばあちゃんちの海州スンデ」など、20店ほどのスンデ屋が軒を連ねている。スンデ1皿を2人で食べてもおなかいっぱいになるほどボリュームがある。アツアツのスンデスープは、牛の頭肉とホルモンがほかの店よりも多く入っているため、1杯でも十分満腹になる。
チョソン・ドットコム/朝鮮日報日本語版
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