「トロット(韓国演歌)歌手はテレビに出てこない時が全盛期だ」という言葉がある。テレビ出演する時間がないほどイベント出演に奔走していれば、それなりに稼ぎがいいという意味だ。トロット歌手は地方の祭、市場での催し、古希祝いなどの場所に呼ばれる。ギャラ(出演料)は30分間歌って100万ウォン(約10万円)未満から、わずか3曲で数千万ウォン(数百万円)まで、有名度・人気度に応じて千差万別だ。無名の歌手は普段はほかのアルバイトをしていて、歌の仕事が入ってきたらマネージャーもいないまま1人でバスに乗り、歌を歌いに行く。

 「トロット」は西洋の社交ダンスのスタイル「フォックストロット」(foxtrot)から取った言葉だ。キツネが歩くように4分の4拍子に合わせて身軽に踊るリズムが日本を経て韓国に入ってきてトロットになった、というのが定説だ。このため、かつては「トロットは倭色(日本風)だ」とも言われた。2000年代以降、若い歌手たちが登場してダンスナンバーに「ウンチャ、ウンチャ」というリズムを取り入れて歌い、「ネオ・トロット」と称した。ポピュラー音楽の主流が欧米風になるにつれて、トロットは簡単なアレンジで「抱いてほしい」「大当たりだ」などの歌詞になり、公演会場ではなく高速道路のサービスエリアで鳴り響く歌になっていった。

 5月2日に終了した総合編成チャンネル「TV朝鮮」のトロット歌手オーディション番組『明日はミス・トロット』の進出者たち全員がそれぞれの涙を流した背景には、そうした事情がある。彼らは全員、子どものころから「歌の神童」と呼ばれてきた。応募者1万2000人のうち最終的に残ったのは5人。スポットライトを浴びる自身の姿や、歌手の夢をあきらめて市場・宴会場で歌ってきた記憶が胸をよぎったのだろう。視聴率が18.1%まで上昇したのは、彼らの歌の実力はもちろんのこと、そのような人間的な姿が視聴者たちの心の琴線に触れたからだ。

 トロットは決して軽視されるような音楽ではない。ジャズ愛好家の中には、1960年代前後のトロットが好きな人がかなりいる。例えば、有名な女性トロット歌手・玄美(ヒョンミ)の『夜の霧』がそうだ。この歌はフランク・シナトラをはじめ数多くの歌手たちが歌ったジャズが原曲だ。李蘭影(イ・ナンヨン)、高福寿(コ・ボクス)をはじめ、昔の歌手たちがモノラルで録音した曲も新たに注目を浴びている。それほどトロットは20世紀の韓国人の情緒が込められているジャンルなのだ。

 『明日はミス・トロット』の後続番組として、男性トロット歌手たちが競い合う『明日はミスター・トロット』が企画されているという。『明日はミス・トロット』と出演者の年齢はほぼ同じにするが、形式は少し違うそうだ。来年1月ごろスタートするものと見られる。「トロット四天王」と呼ばれる玄哲(ヒョンチョル)、宋大寛(ソン・デグァン)、太進児(テ・ジナ)、薛雲道(ソル・ウンド)を継ぐ若い男性歌手たちが全国から集まってくることだろう。再び繰り広げられる笑いと涙のステージが待ち遠しい。

韓賢祐(ハン・ヒョンウ)論説委員

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