▲「最近どうですか」と尋ねる運転手に「ただ自分自身に耐えてる」と答える中年の男。この映画のイ・ビョンホンは、彼が俳優として花開いた作品『バンジージャンプする』(2000年)を思い起こさせる。/写真=ワーナーブラザーズ・コリア

 旧正月シーズンが過ぎた後、「家族の月」5月が来るまでの間、韓国の劇場街は伝統的に閑散期だ。大ヒットを狙う大作は稀で、実験的な試みや、目新しい素材・感覚で武装した新人監督の新作が観客の評価を受けやすい。イ・ジュヨン監督(39)=写真=の『シングルライダー』は、そうした中でも一際スマートで重々しい。22日に公開されてからずっと、ボックスオフィス3位前後を維持している。注目に値する新人の、目を引くデビュー作だ。

 前だけを見て走ってきた男、それまで積み上げてきた全てが崩れるとき、どのような選択をするのだろうか。不良債権問題で窮地に陥った証券会社の支店長「ジェフン」(イ・ビョンホン)は、教育のため2年前オーストラリアのシドニーに送った息子と妻「スジン」(コン・ヒョジン)に会おうと、飛行機に乗る。しかし、見知らぬ土地の妻は新たな人生を準備しているらしく、男は、放置していた家族へ気軽に会いに行けないまま周囲をさまよう。映画の前半は、早期留学のために妻と子が外国に滞在し、父親だけが韓国に残る「キロギ家族」の断絶、不平等の最下層たる「泥のスプーン」の青年、といった社会問題を取り上げているようにも見えるが、監督は鋭くストーリーをひねり、意外な真実へと観客を導いていく。

 見終わってから、再びパズルを組み合わせる楽しさがある韓国映画は久しぶりだ。双竜「チボリ」など感覚的なCM映像を作ってきたイ・ジュヨン監督は、「簡単に揮発するCMではなく、劇場を出た後も観客の心に残る映画を作りたくて」会社をやめ、韓国芸術総合学校を卒業した。『シングルライダー』は、もともとは長編シナリオ公募に出品しようとして書いた作品だった。「シナリオが、知人を通してイ・ビョンホンに渡り、当時ハリウッドで映画を撮っていた人が、私に会おうと韓国に来たんです。『娯楽作品ばかりやり続けて疲れた。こんな作品を是非やりたい』と言ったんですよ」。俳優の方から出てきてくれたおかげで制作も、投資も付き、新人監督にとっては天運だった。イ・ビョンホンは『バンジージャンプする』を思い起こさせる好演を見せてくれた。監督は「自分の人生の運を一度に使い果たしたのではないかと心配」と笑った。

 本作は、昨年の『密偵』に続き、ワーナーブラザーズが手掛ける2本目の韓国映画。監督は「社会問題や事件の不条理を暴くよりも、事件を経験した個人にシステムがおよぼす影響の方に関心がある」と語った。どんでん返しをぎりぎりまで隠そうと、出演俳優自身が乗り出して「ネタばれとの戦争」を繰り広げたことでも話題になった。

 スケジュールや予算がきつかったにもかかわらず、完成度は高い。「構図や美術が非常に高級」という評に、監督はむしろ腹を立てた。「予算を超過せず時間に合わせて撮るため、おしゃれに念を入れる暇もなかったというのに」。この自信満々な新人監督、予算と時間が十分にあればどんな映画を作り出すのか、今から気になる。

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