▲是枝裕和監督は「家族ドラマについては、今回の作品でやりたかったことを全部やった」と語り、当分は映画で家族の物語をやらない計画だという。/写真=Tcast

  是枝裕和監督(54)は、父親になった後、自分の父親について振り返って考えることが随分増えた。ある日、母の位牌を収めた仏壇で香をたいていると、父親を火葬して骨壺を受け取った瞬間のことを思い出した。「父も、望み通りに生きることはできなかったんだな」。そんな思いを抱いて、是枝監督は映画を作るため最初の一文をノートに記していった。「みんなが、なりたい大人になれるわけではない」。

 是枝監督の新作『海よりもまだ深く』は、なりたい大人になれなかった人々に「大丈夫」と語りかける。先月27日に公開された同作は、7日に累積観客動員数が5万人を突破し、ボックスオフィスでも「多様性映画」部門トップに上っている。

 随分昔に文学賞を取って以来、作家を夢見てきた良多(阿部寛)は、実際は興信所で不倫の内偵をやって暮らしている。しかし、月給を競馬やパチンコにつぎ込む日々で、別れた前妻の響子(真木よう子)と息子の真吾(吉澤太陽)に養育費も渡せない。その年、24個目の台風が来た日、三人は良多の母・淑子(樹木希林)の家で一緒に一晩過ごすことになった。子どもの真吾を除くと、自分が望んでいた暮らしをしている大人はいない。現実に安住しているように見える淑子も、集合住宅を出て大きな家に引っ越したいと考えていた。

 是枝監督は「私も、なりたいものにはなれなかった。ほとんどの人がそうだろう。不幸だとは言わないが、それについて描いてみたかった」と語った。是枝監督は、小学生のころはプロ野球の選手になりたいと思い、中学生・高校生のころは「とにかく安定した職業を持つべき」とする母親の影響で教師を夢見た。「今はこの仕事がとても楽しくて、この仕事をありがたく受け入れているが、幼いころに夢見ていた、人生の答えを知っている大人にはなれなかった」と語った。

 母親が是枝監督に安定的な職業を強要していた理由は、父親が良多のようにギャンブル好きで自由気ままだったからだ。良多が子どもを連れて宝くじを買い、前妻からきつく責められるシーンも、監督の実体験が元になっている。

 映画では、宝くじを持って響子は「ギャンブル」と言うが、良多は「未来」と言う。淑子は、そんな息子を見ながら「なぜ男は今を愛することができないのか」と尋ねる。是枝監督の父が世を去った時、母が口にした言葉でもある。

 「男はどこか、地に足をつけていないところがあるんじゃないでしょうか。現在に耐えられず、過去に縛られたり、来もしない未来を夢見たり。これに対し女は、いろいろな方法で現在を受け入れ、愛します」

 『海よりもまだ深く』を含め、『歩いても歩いても』『そして父になる』など韓国の観客にもなじみのある是枝監督の映画は、ほとんどが家族の物語だ。40代で阿部寛・樹木希林と『歩いても歩いても』を作ったように、50代になると、この3人がまた集まって今回の作品を作った。「50代になって、人生の目的地が見えると感じ始めたとき、『この世界はこういうものなんだな』とぼんやり感じ始めたときに、焦ります。このとき、あきらめる人もいるし、あがく人もいますね。私はあがく人間です。もちろん、自分のあがきは、映画を作ることです」。

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