キム・ユンソク(47)はシナリオを「ラブレター」と呼んだ。「札に触れるな! 手首が吹っ飛ぶぞ。ハンマーを持ってこい!」
(『タチャ イカサマ師』のアグィ)というセリフは観客には殺伐として聞こえるが、俳優にとってはおいしいシーンだ。キム・ユンソクはクァク・キョンテク監督から送られた『極秘捜査』(6月18日公開)のシナリオを読んだ後、すぐに会い、昼酒を飲みながら、映画をどのように作るのか意見を交わしたという。求愛に応じたわけだ。

 「いくら親しい監督でも、情にほだされて作品に出演することはない。そうして結果がよくないと、ダメージがさらに大きい。『極秘捜査』は塩をつけるだけでもおいしい水炊きのようであり、何よりも刑事が誇張されていなかったのがいい」

 1978年に釜山で起きた小学生誘拐事件を扱う同作で、キム・ユンソクは誘拐犯を追うコン刑事役を演じた。風俗店を営む元刑事(『チェイサー』)や、不真面目な田舎の刑事(『亀、走る』)とは違う。コン刑事は生活感があるが、隣人に迫りくる問題を調べ、心を尽くして助ける。6月11日に会ったキム・ユンソクは「ドンデン返しや華麗なアクションなしに、ドラマやキャラクターだけで真っ向勝負する映画」と語った。

 『極秘捜査』から表面を全て取り除き、残った骨格を一つの言葉に凝縮すると「所信」だ。キム・ユンソクに所信を聞くと「フィルモグラフィーに全てある」と答えた。「味に例えると、甘いのは誰もが好きで、商業的に安全。そのような映画ばかり選ぶなら、『海にかかる霧』『ファイ 悪魔に育てられた少年』は暗く怖いので、出演しないと思う。でも、そのような作品も必要だ、というのが僕の所信」

 1989年から舞台で豊富な経験を積んできた俳優。キム・ミンギの劇団ハクチョンで演技と演出を学んだキム・ユンソクに、舞台が授けてくれた知恵は何だろうか。1秒も迷うことなく「正面突破」という答えが返ってきた。

 「スルリと横入りするのは通じない。テクニックを使わず、ドラマの中に真っ直ぐ入っていかなければいけないと学んだが、人生にも役立った。正面突破は言い換えると、顔色をうかがわず両足をどっぷりつけろという意味」

 キム・ユンソクは作品に入った瞬間から終わるまで、しつこいほど執着することで有名な俳優。コン刑事の捜査の原則とも似ている。キム・ユンソクは「家で半袖の下着姿で妻とのんびり過ごす姿も僕と似ている」と言って笑った。追跡シーンを除くと、『極秘捜査』は3家族の物語。ミュージカル『義兄弟』で共演した女優パン・ジュラン(キム・ユンソクはパン・ジュランの息子役だった)と結婚し、娘が二人いるキム・ユンソクは「家にいないときはしばらく不在で、いるときは一日中いるということを除けば、平凡な父親」と話した。

 コン刑事がキム道士(ユ・ヘジン)に初めて会い、車内で並んで座り話をするシーンが最も格別だという。「演出家オ・テソク先生の『畦の対話法』があるではないか。向き合わず、違う方向を見ながら話すのが好き。ぎこちないので、そのように本心を話す。女性に『愛してる』と言わず、『こいつめ』と言うように」

 舞台俳優時代からソン・ガンホと親しいが、映画で共演したことはない。「2本撮れるものが、共演したら1本しか撮れないではないか(笑)。舞台? 怖い。また発声、発音の練習をしなければならないし、公演まで6カ月は必要だから。時間も問題だし、迷惑をかけるのではないかと心配」

 次回作『黒い司祭たち』では、危険に直面した少女を救うため、ミステリアスな事件にかかわる神父役を演じる。『極秘捜査』も『黒い司祭たち』も、周囲の人たちが挙げるキム・ユンソクの演技の長所を全て捨てる過程だという。「虚飾なしに真っ向勝負する映画に出演したい」という言葉が、ものさびしくも聞こえた。

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