今年の夏、韓国は本当に雨が多かった。来る日も来る日も雨が降り、韓国は亜熱帯地方になったのかと思うほどだった。慶州に到着した日も雨が降っていた。降りしきるソウルの雨とは違い、「千年の古都」慶州では昔ながらの家屋の屋根を「タン、タン、タン」とたたく雨音が響き渡り、旅行者が足を止めることになっても風情と趣を感じさせる。
■韓国の銘酒「校洞法酒」
 「校洞法酒」の製造所でも情緒豊かな雨音が響き渡っていた。「校洞法酒」という看板がなければそのまま通り過ぎてしまうのでは、というほどひっそりと静まり返った韓屋造りの建物。門をくぐり抜け中に入ると、色とりどりの草花が咲き誇る美しい庭が私たちを出迎えてくれた。本当にここがお酒の工場かと思うほどに美しい庭を抜けると、韓屋造りの家の板の間に、品のいいおばあさんが一人、座っていた。このおばあさんに「製造所を見学できますか」と尋ねてみたところ、お嫁さんを呼んでくださり、校洞法酒の話を聞かせてくれた。後で分かったことだが、このおばあさんは校洞法酒の第1代技能保有者だという。
 今回の慶州旅行で校洞法酒の製造所を訪れたのは、韓国の伝統酒に魅せられたからだ。お酒をたしなむ方ではないが、伝統的な韓国料理を食べる時、時折韓国の知人たちが勧めてくれる地元のお酒は、飲むたびに私に大きな感動をくれた。聞慶の「湖山春」、舒川・韓山の「素穀酒」、慶州の「校洞法酒」が韓国3大銘酒と聞き、慶州を旅する時はぜひ一度、製造所を訪れてみたいという思いがあった。
 校洞法酒は韓国を代表する名家「慶州崔氏」に伝わる酒で、その歴史は300年以上にもなる。もち米と麹から作る酒は、もともと先祖を祭る「祭祀」や客をもてなすために作られたものだが、1986年に国の重要無形文化財に指定され、慶州を代表する銘酒になった。92年からは一般の人々にも販売されている。
 「製造工程を見学できますか」と聞いたところ「夏には生産がストップしているんです」という返事が返ってきた。温度や湿度の影響を非常に強く受けやすいため、毎年9月から翌年4月の間のみ生産されるという。
 説明を聞けば聞くほど校洞法酒を味わってみたいという思いが高まった。校洞法酒は防腐剤を一切使用していないため、一般的な方法では流通が行われていない。そのため、ここに直接来て買わなければならないが、今後はインターネット注文する人だけに個別で販売する予定だという。大量に流通させるためには大規模な工場を構え、流通網を通じ供給しなければならないが、「伝統の味を守るため、そのような予定はありません」というお嫁さんの言葉に、崔家の法酒に対する誇りを感じた。
 一般に流通されていないと聞けば、なおさら味わってみたい。そんな気持ちが顔に出ていたのだろうか。お嫁さんは「少しお待ちください」と言うと、貯蔵庫から注ぎ口の長い白磁に入った校洞法酒を持って来て、私たちに1杯ずつ注いでくれた。かすかに黄色みを帯びた透明で、舌先を包む甘くまろやかな味わい、それでいて口の中に長く残るさわやかな後味。まさに評判通りの味だ。これまでに味わった韓国伝統酒とは一味違った秀麗な味と香りが私をとりこにする。「これこそまさに伝統、そして歴史なのだ」という感じる瞬間だった。中国の「白酒(パイチュウ)」のように強くはないが、口の中を満たすさわやかで柔らかな味わいは女性が気軽に楽しむのにピッタリという印象だ。
 慶州の校洞法酒製造所を訪れる際のもう一つの楽しみは、塀を隔てた隣にある「慶州崔氏」の邸宅を見学することだ。慶州崔氏は、人気俳優チャ・インピョが主演したドラマ『名家』(2010年)にも登場するほど有名で、朝鮮時代の「ノブレス・オブリージュ」とも言える地位も徳も高い家門のシンボル的存在だ。雨水がしたたる軒下には、観光客のため崔家に代々伝わる家訓「六訓」と「六然」を紹介する木板が中国語・英語・日本語で展示されていた。「1万石以上の財産は社会に還元せよ」「飢饉(ききん)の時は土地を増やすな」「周辺100里以内で飢え死にする人がいないように」など、互いに分け与え施す生き方を強調する家訓は、現代を生きる私たちにも示唆するところが大きい。

■口の中に広がるハスの供宴「ハスの葉飯」
 校洞法酒製造所の慶州崔氏宅を隅から隅まで見学しているうちに昼時をかなりすぎてしまった。雁鴨池を中心に広がるハスの花畑はちょうど白蓮(びゃくれん)と紅蓮(ぐれん)が満開で、観光客の目を楽しませていた。ふと、ハスの葉を使った慶州ならではの料理があるのでは、と思った。あるとすれば、中国のハスの葉飯とはどう違うのだろうか、そんな好奇心に駆られた。
 スマートフォンを使う旅行客のため、慶州の観光スポットにはWi‐Fi(ワイファイ、無線LAN)が利用できるサービスが提供されている。このサービスを使って検索してみると、すぐにハスの花やハスの葉を使った料理の専門店が見つかった。
 青い水田を通り過ぎ、「スクプジェンイ(ヨメナという植物を表す韓国語)」という店に到着した。ここは、ハスの葉を使った菜食料理専門店。店内はハスにちなんだ置物や装飾品が飾られ、すてきな雰囲気を醸し出している。あれこれ悩んだ末に選んだのは、菜食韓定食(1万5000ウォン=約980円)。これに3000ウォン(約195円)を追加すると、ハスの葉飯を味わうこともできる。
 菜食韓定食は、カボチャがゆ、トトリムク(ドングリの粉を固めたもの)、ダイコンのサム(葉で包んだご飯)、トゥルケタン(エゴマ入りのスープ)、ハスのチャプチェ(春雨)、三色チヂミ、野菜入りのり巻きなどのコース料理。肉を一切使わず、野菜だけを使った料理だが、優しい味と色鮮やかな盛りつけで食べるのがもったいないほど。肉を使わなくてもこれほど豊かな食感が出せることに感銘を受けた。
 そして、しめはハスの葉飯。韓国のハスの葉飯はうるち米に黒豆、レンコン、ナツメなどを入れたものを、ハスの葉で包んで蒸したものだ。もち米に豚肉、魚介類、デンプンなどを入れ蒸した中国のハスの葉飯とは味が全く違う。だが、韓国のハスの葉飯に付いてくるナムル(野菜のあえ物)やテンジャンチゲ(韓国みそ鍋)と一緒に食べると、口いっぱいに広がるハスの葉の香りがより一層美味しく感じられた。
 デザートは韓国伝統のカボチャ茶、五味子茶、そしてヨモギと小豆でほのかな甘さのようかん。ハスの花が満開の8月に、慶州を五感で存分に感じることのできた楽しいひとときだった。
文=リ・ヤンメイ

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