誰にも思い出の食べ物がある。学校の帰り道に買い食いするほうが、職員室の出入りよりも多かった学生時代。お小遣いでおなかいっぱいになる店で、プラスチックのフォークを差して食べる甘辛のトッポッキ(もちのトウガラシみそ煮込み)は、月日がたっても忘れられない「買い食いの王様」だ。世代を超えた国民的おやつ、トッポッキ。その思い出の味を求めて…。

「ここ、トッポッキ一人前とスンデ(豚の腸詰め)一人前…あ、それから天ぷらも全種類ね」
 ちょっとトッポッキでもつまもう…と思っていたのに、注文する時はなぜかスンデや天ぷらまで頼んでしまう。グツグツ言っているトッポッキの隣で、きちんと並んでいる天ぷらや、蒸し釜で湯気を立てているスンデは、例えおなかがいっぱいでもやっぱり頼んでしまうトッポッキの「永遠なる友」。実は、どの店でもトッポッキを注文する時、「一人前」という単位はあまり意味がない。皿からこぼれそうなくらいたっぷりと入れるのが一人前だからだ。テーブルいっぱいに料理が並ぶと、甘辛のトッポッキを一口、トッポッキのソースをたっぷり絡めたスンデや天ぷらをまた一口。そこに、アツアツおでんのスープを紙コップに入れて、トッポッキの辛味を癒せば、これぞまさに「トッポッキ体験」だ。

トッポッキの歴史

 紙コップに入れてくれる屋台のトッポッキから、レストランで楽しむ無国籍料理風トッポッキまで…。バラエティー豊かに発展を遂げてきたトッポッキだが、その発祥は宮中だ。野菜や肉をたくさん入れ、うるち米で作ったもちと合わせ、しょうゆで味付けした「宮廷トッポッキ」は、かつてコメが貴重だった時代、庶民にとっては目にすることすらできない高級な料理だった。トッポッキが今日のように国民的なおやつになったのは1953年、「新堂洞トッポッキ」(ソウル市中区)で有名な「マ・ボクリムばあちゃん」が小さな露店で、小麦粉で作ったもちにコチュジャン(トウガラシみそ)で味を付けたトッポッキを売り始めてから。その後70年代には、新堂洞一帯が「トッポッキ通り」になった。70年代半ばには店でDJが音楽をかけるようになり、トッポッキを食べながら音楽を聞く「トッポッキ屋ミュージックボックス」が流行。庶民のおなかを満たしくれるトッポッキは、当時の時代背景と共に広がった。

トッポッキの味

 日本には、「韓国人は辛い物好き」という認識がある。見るからにつばがわいてきそうな真っ赤なトッポッキの味の中心はトウガラシ粉やコチュジャン。だから、舌先をピリピリと刺激する辛味がクセになり、またつい食べたくなってしまう。時には、狭い部屋の中で汗だくで食べるのも、また別の楽しみ方。それぞれの店で味に違いがあるのは、トウガラシみその味や水あめの量、そのほかの味付けの違いで、中にはカレーやエゴマの葉などを入れ独特の香りを出す店もある。

■トッポッキは「もちいため」ではない!?孝子洞・昔のトッポッキ



 トッポッキとは、「トッ(もち)」+「ポッキ(いため物)」という韓国語を合わせた言葉だが、実は油でいためてはいない。そのレシピは、フライパンや鉄板に、もちをはじめとする材料とトウガラシみそをベースにしたソース(たれ)を入れ、水を少量足し、水気がなくなるまで煮込むというもの。
 ソウル市鍾路区通仁洞の通仁市場には「トッポッキ」という名前の由来になった開店50年以上という「孝子洞・昔のトッポッキ」がある。この店のトッポッキは経済的に苦しかった時代、いためたもちにしょうゆをサッとかけて食べたもので、今もこのスタイルを守り続けている。種類はしょうゆ味の「カンジャン(しょうゆ)トッポッキ」とトウガラシ油で味付けした「辛トッポッキ」の2種類(各3000ウォン)。もちを大きな鉄釜でいためるが、野菜や練り物は一切入っていない「純粋な」トッポッキだ。味もしょうゆとトウガラシ油が持つ本来の味を生かした素朴な味。油でいため、しょうゆの香りがたまらないトッポッキは、辛い料理が苦手な方もOK。トッポッキのほか、緑豆ピンデトッ(緑豆粉のチヂミ、3000ウォン)、チヂミ(7000ウォン)などがあり、昔ながらの市場のムードで懐かしい味が楽しめる。

*アクセス: 景福宮駅下車。2番出口からまっすぐ50メートルの通仁市場内。市場通り角の右。
*住所: ソウル特別市鍾路区通仁洞22
*Tel: 82-2-735-7289

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