“忘れられた王国”伽倻(カヤ)がよみがえる。伽倻の歴史は関連資料が少ない上に、学界の関心度も低く、同じ時代に興亡を争った高句麗(コグリョ)、百済(ペクジェ)、新羅(シンラ)に比べおろそかにされてきた。

 しかし最近、「伽倻の古都」慶尚(キョンサン)南道・金海(キメ)市が伽倻文化の遺跡地を大々的に整備、1600年前の伽倻人たちの息づかいを感じることができる歴史文化都市として生まれ変わった。

 金海市は1999年から市内中心地のクサン洞~テソン洞~ポンファン洞一帯、「首露(スロ)王誕生説話」で有名な亀旨(クジ)峰をはじめ、伽倻人の生活の様子が分かるポンファン遺跡地、首露王陵と王妃陵などの遺跡地の整備事業を完了した。


 伽倻時代の港、生活体験村に変身したポンファン遺跡地には、当時の住居施設である高床家屋と望楼を復元し、60×50メートルの大きさの人工の湖に船を浮かべ、当時、交易商人たちで賑わった港を完成させた。

 伽倻遺跡地の復元に投入された事業費は国費929億ウォンなど1297億ウォン。

 金海市が2003年8月に開館したテソン洞古墳博物館は、開館2年目の今年、60万人の訪問客が訪れている。地下1階、地上1階延べ面積612坪の古墳博物館は伽倻時代に使われた武器を形取ったものだ。

 近くにある丘陵地は1990年代はじめ、5回に渡る発掘により、伽倻全盛期、3~5世紀の最高支配階層の共同墓地であることが明らかになった場所だ。


 この共同墓地からは青銅の釜や馬具、武器など北方系の遺物や、青銅の鏡など中国系の遺物、巴形銅器など日本系の遺物が大量に出土された。中国、日本と交易しながら強力な軍事的・政治的王権国家として成長していった伽倻の歴史を解明した決定的な資料を提供してくれた場所だ。

 金海市は14の古墳が発掘されたこの一帯1万7000坪に313億ウォンの事業費を投入、都心の中の生態公園を造成、伽倻時代の墓制など生活の様子を見ることができる古墳博物館と外部展示館を建てた。

 伽倻文化遺跡整備事業が完了したことにより、金海市は10月1日から16日まで、テソン洞の古墳博物館、首露王陵、ポンファン洞遺跡地など伽倻遺跡地一帯で「伽倻世界文化祝典2005金海」を開催する。

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